一緒に星を見ることで、社会を1ミリでもいい方向に
前回、誰もが本物の星空に出会える「星つむぐ家」の宿泊体験をレポートした。車いすやストレッチャーを利用した方も安心して星空と出会えるよう、ユニバーサルデザインが徹底された、誰にとっても居心地のいい家。この家を作り、運営しているのは、一般社団法人星つむぎの村(共同代表:高橋真理子、跡部浩一)だ。
病気や障害などで出かけるのが困難な人たちに、プラネタリウムで星空を届ける星つむぎの村の活動は、DSPACEでたびたび紹介してきた。2013年から2026年3月末までに2150か所、約26万7千人に星空を届けている。星つむぎの村の長年の活動と功績が認められ、2024年度日本天文学会 天文教育普及賞をはじめ、数々の賞を受賞している。
星つむぎの村による約30分のプラネタリム体験で、人生が変わったという人も少なくない。例えばプラネタリウムを見て「どうしても本物の星空を見たい」と星つむぎの村の拠点がある山梨県八ヶ岳山麓に、障害があるお子さんを含む5人で初の家族旅行を実現した藤田さん一家(欄外リンク参照)。母親の優子さんは、「出かけるのはすごく大変だったけど、ものすごくうれしくて楽しくて。出かけられた事実は再び社会と繋がる自信になった」と言い、この成功体験から沖縄や北海道に出かけるアクティブな家族になった。こうした家族の姿を見たことが、「星つむぐ家」実現を高橋さんらが決意した大きな理由の一つだ。
星空を届ける活動(年間約240件)で全国を飛び回って大忙しなのに、さらに「家」という拠点をもつことは並大抵の覚悟では実現できない。なぜそこまでやるのか。彼らを突き動かすものはなんなのか。高橋さんと跡部さんに聞いた。
始まりは「プラネタリウムワークショップ」
「星を届けていると、色々な人に出会えるんです」。高橋さんは言う。そもそも、高橋さんと跡部さんが出会ったのは山梨県立科学館だった。高橋さんは大学院でオーロラを研究したが、その後の進路に悩み「科学と社会を繋ぐ」をテーマに山梨県立科学館の学芸員として仕事を始めた。その科学館で「天文担当のリーダー」として異動してきた小学校教員の跡部さんと出会う。2003年のことだった。
2人が2004年に始めたのが、プラネタリウムワークショップだ。プラネタリウムを見るだけでなく、自らが「表現者になろう」というプラネタリム界では前例のない企画だ。「人々が学びを得るには、受け身でなく主体的でなければならない」という高橋さんの考え方がその根底にあった。
そのワークショップで「プラネタリムの力に気づかされた」と跡部さんはふり返る。参加者の希望した日時の星空がプラネタリウムに投影されると、一人一人がその日の想い出をイキイキと語り出す。亡くなったお父さんの話、お友達と喧嘩して仲良くなった話‥互いに初対面であるにもかかわらず。
「『なんだ、これは』と思ってね」(跡部さん)。プラネタリウムの中で星空に包まれると気持ちが解放され、連帯感が生まれ、自分を見つめ直すことができるのではないか‥。ワークショップには長野県野辺山からの参加者もいた。「本物の星の方がはるかに美しい。でもプラネタリムという『場の力』を感じました」と感想を述べたという。
「プラネタリウムという場の特殊性かもしれない。暗くて顔が見えない。みんなが同じ方向を向いて自分の顔を見られる心配がない。会議室とか他の場所でなく、プラネタリムだからこそ起こるコミュニケ―ションだ」。ワークショップを通して跡部さんも高橋さんも気づきを得た。
目の見えない人に星空を
プラネタリウムワークショップからは、市民による多数の作品が生まれた。「もっと作品を作ろうよ」と声が上がり、自主企画として「星の語り部」が立ち上がる。ここでも新たな出会いが広がった。例えばメンバーの一人が「目の見えない人にもプラネタリウムを体験してほしいね」と発案。すると、別のメンバーが全盲の友人を連れてきた。
そして、点字用の点を使って夜空の星を描く絵本が誕生する。全盲の友人は、「今まで星の話をしてくれた人はいなかった」と言い、星の世界に初めてふれて毎晩夜空にどんな星が出ているかを想像することで、心が豊かになったと語った。
「星の世界を知ることで、心が豊かになったたくさんの人たちの姿を目の当たりにして、プラネタリウムや星空は、人々が幸せになるために必要だと学んだんです」(跡部さん)。
その頃、高橋さんは山梨大学医学部付属病院の犬飼岳史医師と出会って、病院にプラネタリウムを届ける活動を始める(欄外リンク参照)。「小児病棟にプラネタリウムを届けて、(なかなか外で星を見ることができなかった)子供たちが喜んでいるのを見ると、たまらなく嬉しいわけですよ」
これら多くの星空を通した出会いを経験した2人は「なぜそこまでやるんですか?」という問いに対して、「『出会ったから』としか言いようがない」と返す。目の前の人が抱えている問題を見たら放っておけない。だから、外になかなか出られない問題を抱えている人が、安心して出かけて星を見られる家を作ったのだと。
1ミリでも社会をよくしたいから
「出会ったから」と言うが、出会っても見てみぬふりをする人はいっぱいいる。でも2人は放っておけない。特に跡部さんは放っとけない人らしい。「小さい頃から裁判所勤務の父親に、社会のために尽くすという在り方を教わったし、元々教員だから今の社会の責任は我々にあるという思いが強い」と理由を語る。だから地震が起こるといち早く泥かきに被災地に駆け付けるし、少し時間が経った頃、避難所などにプラネタリウムを持っていく。
その原動力は、1ミリでも社会を良くする方向に動かしたいという思い。「一緒に星を見ることで、気持ちが解放されたり豊かになったりして、人と人、人と社会のコミュニケーションや関係性がよくなることを何度も見てきました。それを積み重ねて行けば、この社会が少しでもいい方向に動かせるはずという思いがあります」(跡部さん・高橋さん)
被災地にプラネタリウムを届けるのも同じ理由だ。もちろん被災直後は命を繋ぐことの方が大事で、水や食べ物の確保が最重要課題。少し時間が経ち、避難所や仮設住宅に落ち着いた頃に「一緒に星を見ませんか」と訪ねる。「うつむいてないで上を向きましょうと言われても、『何もわからない人が何を言っているんだ』と言われてしまう。でも『星が綺麗ですよ』と言われれば、え?と自然に上を向く」(跡部さん)
「プラネタリウムで同じ方向を見られるのが大きいと言ってくれた人もいます。震災の時って、家を失った方とか家族を失った方とか、被害状況がそれぞれ異なってお互い遠慮してコミュニケーションが難しい状況になることもある。だからこそ、視点をちょっと変えてみる。本当に大変な状況ではあるけれど、大いなる宇宙を目の前にすると、宇宙の始まりから繋がってきた命とか、今生きていることへの感謝とかが自然に沸き上がると思うんです。現実は変わらなくても、気持ちの持ち方が変わるのではないか」(高橋さん)
7月末に大地震に見舞われた熊本県八千代市を、星つむぎの村は9月9日に訪問。地域の人たちの居場所にもなっているNPO法人の施設でプラネタリウムを6回行い、100人近い子供たちが歓声を上げて楽しんだそうだ。
高橋さんは大学院で進路に悩んだとき、「出会いが生まれるような仕事がしたい」と人生の方向を定めた。その目標通りの人生を歩んでいる。
「どこにプラネタリウムを届けに行っても、必ず喜んでもらえる。涙を流して喜んでくれる人と出会えるって、こんな幸せな仕事はないですよね」。ほとんど休みがなさそうなのに「こんな幸せな仕事はない」と言い切れる人ってこの世に何人いるのだろう。星空を通して社会が一ミリでも良い方向に向かうように。私も問題から目を背けず、少しでも行動する人でありたい。
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