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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.66

地球のトランジッション

遥か未来の話—ある宇宙飛行士が惑星間移動中に不測の事態にあい、宇宙を漂うことになった。ありがちなSFのような話から始めたい。

コールドスリープ中の事故で、どのくらい時間が経ったのかわからない。宇宙船から外を見ると、地球と同じくらいの大きさの惑星が一面、氷で覆われている。この氷の惑星に降りると、なんと生命がいる。地球生命とは似つかぬ生態系が存在する。宇宙飛行士は、この惑星に棲む知的生命に取り囲まれ、次々に尋ねられる。お前はどこから来たのか、と。

地球から来た、太陽系の第三惑星だ、と宇宙飛行士はいう。

そんな惑星あるのか、どんな惑星だ、と知的生命は問いただす。

宇宙飛行士は地球の特徴を説明する。大きさはこの惑星と同じくらいだ、水は氷ではなく、広大な海をなしている、大気には窒素と生命が作り出した酸素がある、人類という生物種がいる。

本当か、我々の知る限りこの惑星の100光年以内、つまり宇宙船が到達可能な範囲に、海をもつ惑星は存在しない—こう知的生命はいう。

いや、そんなことはない、地球はある。その証拠として、こうして私はここにいるのだ—宇宙飛行士は答えるが、問われるほどかえっておぼつかない。海をたたえた地球の記憶はコールドスリープで見た幻ではないか。

やがて夜になり、星が輝きだす。北斗七星に北極星、見覚えのある惑星も見える。ここで宇宙飛行士は気が付く。この凍りついた惑星は地球であると。皆さんには、映画『猿の惑星』のオマージュだと思っていただければありがたい。

長々とした導入であった。地球の表層環境は、地質的には短時間でまるで別の惑星であるかのように一変することがあるという、ただこの一点を伝えたくこれを書いた。

太陽からの距離も同じ、惑星の大きさも、惑星内部も不変であるにも関わらず、表層環境は、地質時間でみれば一瞬ともいえる時間で急激にトランジッション(大転換)する。まるで、黒鉛(グラファイト)がダイアモンドに代わる「相転移」さながら変わりうる。

宇宙飛行士の地球の記憶のように、地球環境はおぼろげで、急に移ろうものなのである。

大酸化イベント

地球史における最大のトランジッションは、「大酸化イベント」だといっていい。これは24億年ほど前に起きた大気中の酸素の急激な増大である。いや増大というレベルではないかもしれない。なにせこれ以前にはほぼゼロだった酸素が、これ以降には大気に溢れるようになったのだから。つまり、これは大気のトランジッション(大転換)ともいえる。

地球大気の酸素濃度の変化と生物進化、氷河時代との比較。24億年前と7億年前に酸素濃度の急激な上昇が起きた。この時期に全球凍結が起きている。酸素上昇の後に、生命は真核生物へ、さらに多細胞生物(動物)へと飛躍的に進化を遂げている。(提供:関根康人)

しかし、話はそれにとどまらない。大気中に満ちた酸素は、地球上の物質循環を根本的に変える。たとえば、これ以前に海に溶けていた大量の鉄イオンは、酸化して鉄さび(酸化物)となり、海底に沈殿して海から取り除かれる。ニッケル、マンガン、銅なども同様である。これ以降、海はこれらに乏しい海になる。一方で、モリブデン、亜鉛、バナジウムなどの金属イオンは、鉄などとは真逆の性質をもつ。つまり、酸素がないと鉱物になってしまうが、酸素があると途端に水に溶ける。その結果、モリブデン、亜鉛などは、大酸化イベント以降、逆に海に豊富に存在するようになる。

この大気と海のトランジッションがなにをもたらすのか。それは、生命のトランジッションである。酸素は生命にとって猛毒といっていい。この酸素を体内で無毒化できる仕組みをもたない、それまで繁栄した大多数の生命たちは、酸素のとどかないはるか海底の地下にその住処を移さざるをえない。太陽のあたる地表付近から、そのような生命は一掃される。

元素と生命

生息位置に加えて、生化学も影響をうける。全ての生命がもつ酵素は、生体内で起きるありとあらゆる生化学反応を触媒する。極端な言い方をすれば、酵素なしで生命は一瞬たりとも生きることはできない。この酵素であるが、その構造の中心に金属イオンをもつ。大酸化イベント以前に我が物顔で地球にはびこっていた生命は、海に豊富な鉄、ニッケル、銅などを取り込み、酵素の中心に据えていた。大酸化イベント後の海では鉄、ニッケルなどが枯渇することにより、これら生命は当然のごとく、数を大幅に縮小し、細々としか生きていけなくなる。

大酸化イベントで海底に堆積した鉄さび(酸化鉄)の地層。縞状鉄鉱床と呼ばれる。写真のものは西オーストラリアのもの。(提供:Graeme Churchard / Dales Gorge CC BY 2.0

一方で、モリブデン、亜鉛、バナジウムなどを酵素の中心に使う生命もいた。大酸化イベント以前、これら生命は小さなニッチを埋めていたにすぎない。いわば、取るに足らない存在であった。しかしながら、大酸化イベントに伴って、一躍地球の生態系の中心に躍り出た。この取るに足らない種だったものが、つまり、僕らの遠い祖先である。

ついで、僕らの祖先たちは、大気中の猛毒である酸素に対抗する必要があった。満ちてくる酸素のなかで、放っておいては生きていけない。そこで、酸素を無毒化するだけでなく、それをうまく活用して多くのエネルギーを得る奇跡的な能力を獲得した小さな生命と手を取り合い、一緒に1つの大きな生命となって生きていくことにした。巨大で複雑な細胞をもつ真核生物が生まれた。

24億年前に起きた大酸化イベントと同様規模の酸素の上昇は、7億年前にも起きた。どちらも地質的に短時間の急激といっていいトランジッションである。2度目のトランジッション、つまり7億年前の酸素上昇以降、真核生物は多細胞化を成し遂げて動物となり、やがてカンブリア大爆発と呼ばれる多様な生物種を生み出していく。

地球史におけるトランジッションの前後を見れば、大気の組成、海や大地の色も、そこに棲む生命や生態系さえまるで違う。トランジッション前に地球を飛び出した生命が、後に帰還したとしても、これが同じ地球とは気が付かないであろう。

酸素を生み出す光合成細菌(シアノバクテリア)。全球凍結後にこれが大増殖したと考えられる。(提供:NASA)

大酸化イベントの引き金

今から15年ほど前のことである。僕は、アメリカ、カナダ、フィンランドと24億年前という昔に、海の底だった地層を求めて世界中を旅していた。大学院では惑星の研究をしていたが、卒業後、流れ着くように地球の地質の研究をしていたことは前のコラムに書いた(参照:第62回「若者たちと学問のひろがり」)。

一日何時間もカナダの森林を車で走り、森の中に分け入る。時にアライグマ、ビーバーにも出会いつつ、ハンマーを振って当時海底だった泥や砂の岩石を砕く。大型のリュックは採取した岩石のサンプルですぐに一杯になる。

何をしていたのかといえば、この24億年前の大酸化イベントを引き起こした原因を追い求めていたのである。大酸化イベントは、何の前触れもなく起きたのか、それとも何か引き金になったのだろうか。

そうした中で徐々に明らかになってきたのは、大酸化イベントを引き起こしたのが、極端な気候変動だということである。気候のトランジッション(大転換)といっていい。当時、地球は繰り返し、大規模な氷河時代を迎えていた。特に、全球凍結とも呼ばれる、地球全体が残らず凍りつくような極端な凍結期もあった。

氷河時代の終わりには、氷河が融け、大陸の岩盤を砕きながら海になだれ込む。氷河の底には、大陸の岩石の一部がとらえられ、それが海に運ばれる。氷河の融解に伴い、氷河の底にとらわれた大陸の石は海の中に落ちる。こうしてできたのがドロップストーンである。僕らは、ドロップストーンの残る全球凍結から脱出した時代の地層を丹念に調べ、その時期に酸素が急激に増加し始めていることを明らかにした。

24億年前の氷河時代の終わりにできたドロップストーン(カナダにて撮影)。海の底の砂の上に、3センチメートル程度の小石が落ちてきて形成した。小石を運んできたのは氷河である。氷河が融けつつ海を漂い、氷河の底に捕獲した小石が海へと落ちた。(提供:関根康人)

大気トランジッションのからくり

では、全球凍結と大酸化イベントはどうつながるのであろう。このからくりを解いたのは、当時東京大学の学生で、現在は海洋研究開発機構の原田真理子さんである。彼女は、コンピュータのなかに当時の全球凍結下にある地球を作り出し、それが温暖な状態に復活する過程を再現した。現在彼女は、遺伝子から20億年前の光合成細菌の祖先の生態を調べており、幅広い研究を展開している。

さて、彼女が導いた結果はこうである。全球凍結状態では、大気中に二酸化炭素が大量に溜まる。火山などで二酸化炭素が供給される一方で、氷で蓋をされた凍結した海洋に溶けて除去されなくなるからである。全球凍結が終わる時には、この大量の二酸化炭素による温室効果で地球は超温暖状態になる。その超温暖状態で光合成生物の大繁殖が起き、大量の酸素が大気に与えられるというものである。つまり、気候のトランジッションが大気のトランジッションを引き起こし、これが海、さらに生物とトランジッションのカスケード(連鎖)を誘発していくのである。

全球凍結は20億年前以外にも、7億年前にも起きたといわれており、この点、地球の気候はやはり大気や生命の進化に深く関与しているといえるだろう。地球においては、この全球凍結の回数やタイミングが、生命進化のそれらを決めてきたようである。

仮に全球凍結が起きなかったら、地球生命は未だに原始的な単細胞の生命であったと想像できなくもない。さらに今後の地球で、再び全球凍結が起き、第3のトランジションと生命進化を引き起こすとも限らない。一度、全球凍結が起きると1000万年程度は凍結状態から抜け出ることができず、その期間は、地球はまるで今とは別の惑星にみえるだろう。

全球凍結時の地球の想像図。(提供:Oleg Kuznetsov CC BY-SA 4.0

冒頭の宇宙飛行士は、そのような未来の全球凍結時の地球に帰還したのであろうか。それを不幸とみるかどうか。全球凍結の地球など、世界中の地球科学者が観察したくてもできない対象に出会っているともいえる。もし、宇宙飛行士が僕のような地球科学者であれば、不幸どころか、十分におつりがでたと答えるところである。

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