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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「金色の宝箱」HTV-X初号機、ISS到着!種子島~筑波まで現場取材ルポ

10月30日0時58分、油井亀美也飛行士が操作するロボットアームでキャプチャされたHTV-X1号機。(提供:JAXA)

「日本の皆さん、HTV-X君が無事にISSに着きました。宇宙機は美しく輝いていました。このGolden Treasure Box(金色の宝箱)を開けるのが待ちきれません」。

10月26日9時(以下、日本時間)、種子島宇宙センターから打ち上げられた新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)は約14分後にH3ロケットから分離された後、約3日半かけてISS(国際宇宙ステーション)に接近。10月30日0時58分、ISSに滞在中の油井亀美也飛行士の見事なロボットアーム操作によってキャプチャに成功した。冒頭はその時の油井飛行士の言葉だ。「Golden Treasure Box」は先代の宇宙ステーション補給機「こうのとり」の代名詞でもあった。9機連続成功した「こうのとり」から輸送能力を約1.5倍にパワーアップし、ISSに荷物を届けた後は「宙飛ぶ実験室」として様々な技術実証を行う「二刀流の宇宙船」がHTV-Xだ。

「(HTV-Xは)人類の更なる可能性を切り開く大きな鍵になる。数年間にわたり開発や訓練にハードな日々を送ってきた日本の友人たち、おめでとう」とNASA管制センターで交信担当を担った星出彰彦飛行士が語りかけると、HTV-X運用管制チームのフライトディレクタ中野優理香さんはそっと涙をぬぐった。

HTV-Xキャプチャ成功を喜ぶ近藤義典フライトディレクタ(右)、中野優理香フライトディレクタらHTV-X運用管制チーム。(提供:JAXA)

DSPACE取材班は、「宇宙新時代」を象徴するHTV-X1号機の打ち上げからISS到着まで、種子島へ筑波へと追っかけ取材。現場の興奮をレポートします。

雨の種子島へ到着!

当初、HTV-X1の打ち上げは10月21日に予定されていた。だが、秋雨前線の影響で大雨や強風が続き、23日以降に打ち上げは延期。そして23日に発表された新たな打ち上げ日は26日9時だった。DSPACE取材班は24日の鹿児島-種子島最終便の飛行機に乗り込んだものの、種子島上空は厚い雲と霧に覆われ地上が見えない。以前、鹿児島に引き返した記憶がよみがえり、着陸までドキドキだったが雨の中、何とか着陸!思わず拍手。

既に種子島入りしたライター仲間からスーパーに物がないと聞いていた。雨の中、中種子町のAコープへ直行すると‥確かに、野菜もお惣菜も棚が空っぽ!「海上悪天候による船便の欠航に伴い」とお詫びの張り紙が並ぶ(種子島近海の魚ツムブリだけが豊富に並んでいた)。ご飯屋さんも食材不足で、一部メニューが出せない状況。ISSへの物資補給の前に、種子島の物資補給が必要かもという声がちらほら。

翌25日は昼まで大雨。「こんな天気で今晩の機体移動ができるのか」と思われたが、昼頃に劇的に天気が回復! 18時からやや強めの風の中、種子島宇宙センターの整備組立棟から日本最大となるH3ロケット7号機、初のH3-24W形態が姿を現した!

日本最大のロケット。初の24形態、初のHTV-Xの「初物」尽くし

整備組み立て棟から姿を現したH3ロケット7号機。4本の固体ロケットブースタ+ワイドフェアリングを装着した初のH3-24W形態だ。
今回、初めて機体把持装置(画像中央下)が装着された。機体移動時の風速は制限(秒速15m)ギリギリの秒速13~14m。「風速制限は人の安全のためでロケットはびくともしないとわかっていたが(把持装置があることで)精神安定剤になった」と有田誠H3プロマネ。

これまで打ち上げられてきたH3ロケット初号機~5号機はすべてH3-22形態。つまり、主エンジンが2機×固体ロケットブースタ(SRB-3)が2本だった。今回、7号機では質量約16トンものHTV-X1を打ち上げるため、初めてSRB-3を4本装着したH3-24W形態が登場(主エンジンは2機)。またロケット先端の荷物をカバーするフェアリングは、初のワイドタイプが用いられた(標準タイプは直径5.2m、ワイドは5.4m)。長さはショートタイプの10.4mに比べてワイドは16.5mと、6mほど高くなってH3ロケット7号機は全長63m。日本最大のロケットだ。どっしりと大きく、存在感がある。

音、振動、迫力の打ち上げ—見守る高校生たち

打ち上げ日26日6時半過ぎ、種子島に朝日が昇った。快晴だ! 誰がこんな天気を予想しただろう。今回、打ち上げ時の取材場所は恵美之江展望公園を選んだ。HTV-X1には、長野県駒ケ根工業高校の生徒らが開発した超小型人工衛星てるてるが搭載されていた(8月の記事で紹介)。彼らが長野県から打ち上げを見に駆け付けると聞き、感動を共有したいと考えたのだ。

てるてるチームは打ち上げ前日、長野県から到着。おそろいのポロシャツに身を包み、「自分たちの衛星があのロケットの先端に載っている!」と期待に胸を膨らます。

打ち上げ前、てるてるが搭載されたHTV-X1&H3ロケットを指さすてるてるチーム。

恵美之江展望公園には、ロケットや宇宙に人一倍思い入れの強い人が集まっていた。愛知県からお母さんと一緒に宇宙留学中で、将来の夢はロケット発射管制官だという小学5年生。来春から自動車メーカーでロケット開発をする予定の大学院生は、はるばる北海道からやってきた。初めてロケット打ち上げを見る漫画家さん、宇宙漫画を作りたい宇宙関係者…色々な人たちと話しているうちに、発射予定時間の10分前。打ち上げ最終判断はGO! いよいよだ。

リフトオフ!
恵美之江展望公園では離陸後すぐ雲に入ってしまったが、隣接する恵美之湯では、雲を突っ切るH3の姿が。近くでも見え方が異なるのが打ち上げ見学の面白さだ。(提供:山田圭一)
上昇するロケットを追うてるてるチーム。

カウントダウンがゼロになると、ひときわまばゆい閃光が放たれた。数秒後に届く轟音は重低音を含む多重奏のようにおなかに響く。そして空気を震わす振動が今までのロケット打ち上げとは桁違いだ! 固体ロケットブースタが4本ある分、ロケット上昇のスピードが早く、恵美之江展望公園上空を覆う雲の中に十秒ほどで突っ込んでしまったが、その分、音が反射して届いた気がする。

リフトオフから約14分後に、HTV-X1は分離。打ち上げは成功だ! 駒ケ根工業の生徒たちはいつまでもロケットが飛んで行った方向を追っていた。「しっかり、僕らの衛星を宇宙に運んでくれよ」と願いながら。

てるてるチームリーダーの桃澤明聖君に感想を聞いた。「本当に大迫力で正直、自分が思っていたより何倍もすごいです」。何がすごかった?「音です。映画館とかで聞く3D音響ぐらいだと思っていたけど、迫力がすごかった。全身に迫ってくるみたいに」。小田切隼冬君は「川上村で見たパブリックビューイングとは破裂音が全く違った。来た甲斐があった。本当にすごかった」と興奮を抑えきれない様子。桃澤君は来春から宇宙関連メーカーに就職が決まっているそうで、この経験をきっと生かしてくれるに違いない。

打ち上げ成功、ばんざい!

記者会見—「ロケットの音が(天井から)降ってきた」初の体験

打ち上げ3時間後に開かれた記者会見で、JAXA有田誠H3プロジェクトマネージャは安堵の表情を見せた。「HTV-X1はISSに向かう必要があるため、打ち上げは1秒の遅れも許されない。正直、本当に緊張しました」。そして音について、今回初経験をしたという。

「今回驚いたのは、総合司令棟(RCC)の中にいたんですが、『ロケットがあの辺を飛んでいる』というのがわかるぐらい、(建物の)上から音が来たんです。通常はモニター画面で見ているだけで(リアルな)音が聞こえることはなかった。それが頭の上から、『音が降ってくる』という感覚でした」と。三菱重工のH3プロジェクトマネージャ志村康治氏も「天井が震えるような感じがして、驚きました」と語る。

H3ロケットはこれで22形態と24形態の二つのタイプの打ち上げに成功したことになる。志村氏は「衛星は多様化が進んでいる。宇宙に少しでも大きな質量を届けるのは大きな価値になる。大型衛星や小型衛星のコンステレーションなど、商業的にも今回の打ち上げは大きな意味がある」と意欲を見せた。

ちなみに、有田プロマネは今回の天候判断について「こんなに難しかったのは初めて。でも日曜日までなら種子島に滞在できるという(見学者の)声もあって、少しでも可能性があるならと26日にしました。宿の人に『有田さん、本当に大丈夫?(打てるの?)』と言われたほどですが、気象予報士の人を信じてよかった」と満面の笑み。見学者の事情も配慮してくれるなんて‥そして気象予報士の予報の的中ぶりに驚く(機会あればぜひ取材したい)。

打ち上げ後会見で。左から三菱重工志村康治氏、JAXA有田誠氏、JAXA・HTV-Xプロジェクトマネージャ伊藤徳政氏。

HTV-Xの愛称は?「盛り上がりがあれば」

そして、二刀流の宇宙船HTV-X1はISSに向かって旅を始めた。そもそも二刀流の発想はいつ頃、どんな形で生まれたのか? 伊藤徳政HTV-Xプロマネは「政府からアイデアを頂いた」と説明する。JAXAによると、平成27年(2015年)ごろからISSやHTV-Xの在り方が政府の委員会で議論される中で、出てきたアイデアのようだ。

「こうのとり」7号機で実施された小型回収カプセルのように、ISSの成果を回収する計画はないのか。伊藤プロマネに尋ねたところ、回収カプセルの搭載は可能とのこと。「現時点では具体的なミッションはないが、将来的には重要な技術なので何かできればいい。(前回とは)もう少し違うものをやることになるかと思う」とのこと。

また、HTV-Xの愛称については「皆様に愛されるような愛称をつけて頂くような雰囲気が盛り上がってくれば」とのこと。ぜひ、盛り上げていきたい!

1000点満点—涙のHTV-X運用管制チーム

リフトオフから約14分後に、HTV-X1は分離。さて、H3ロケット打ち上げ後、高度200km×300kmのだ円軌道に投入されたHTV-X1はスラスタを噴射しながら、徐々にISSが飛行する高度400kmの円軌道に高度を上げて行った。そしてISSの後方からISSの500m下に入り、徐々に高度を上げる。ISSの10m下に入ったあと、HTV-X1の噴射を止めて、ISSの油井飛行士がロボットアームでキャプチャする。接近からキャプチャが問題なく進むように運用管制するのが、JAXA筑波宇宙センターにあるHTV-X運用管制チームだ。

HTV-X運用管制チームの様子。(提供:JAXA)
運用管制担当と技術担当が一緒に座るようになったのが「こうのとり」との違い。HTV-X1ミッションプレスキットより。(提供:JAXA)

キャプチャ直前の管制室を見せて頂いた(写真撮影は禁止だった)。通常は約25ある管制卓に一人が座るが、この日は初飛行とあって各管制卓に2~3人、合計70~80人が、モニターを真剣に見つめていた。とはいっても緊迫した雰囲気ではなく、落ち着いている。管制卓の正面には大きなモニターが3つ並んでいて、ISSの様々な角度からの画像や情報が映し出されている。想定外のことや異常があれば、赤や黄色のアラート表示ですぐわかるようになっている。管制卓では担当機器の状態がモニターされ、管制官が食い入るように確認している。管制室の入り口付近では先代のマスコット、「こうのとり」のぬいぐるみが見守り、飛行神社などにお参りに行ったお札が並べられている。全員で筑波山にお参りにいったそうだ。

「こうのとり」の運用管制チームとの一番大きな違いは、運用管制を行うチームと技術的な問題を解決する技術チームが並んで座るようにしたこと。「こうのとり」時代には技術チームは別の部屋にいた。「不具合の処理のスピードも上がったし、コミュニケーションもより円滑になったのでチーム力が上がりました」(中野優理香フライトディレクタ)

0時58分のキャプチャ成功後、フライトディレクタらが囲み取材に応じてくださった。近藤義典フライトディレクタは10年前から開発に携わっていた。開発して運用して最後、キャプチャまで担当。「HTV(こうのとり)の遺産はあるにしても、HTV-Xは大きくフルモデルチェンジして新しい機能をいっぱい盛り込んだ。たくさんの荷物が運べて低コストでという大きな命題での開発で、打ち上げ後の3日間も楽な道でなく、多くのトラブルがあった。それを一つ一つ克服しながら成果を出せた」と感慨深げだ。

3500以上もの手順書を作り、NASAと60回もの合同訓練をしてきたと語る中野フライトディレクタは、「今まで訓練を重ねてきたが、本物の映像と本物のテレメトリを見ながらの運用で感極まった。あの手順書のあの不具合のところを、みんなであれだけ議論して作り上げたものが今、活きていると思うと、『これ、一生忘れないな』と思って」と涙の理由を明かした。

油井飛行士のキャプチャについては「ぶれることなく、速度も一定で何の迷いもない。万が一つかみ損ねたら危ない緊張する瞬間だが、早く掴んでくれた」と皆が絶賛した。

最後に、今回のキャプチャまでの運用管制を100点満点で採点してもらった。近藤フライトディレクタは100点、中野フライトディレクタは500点。原田基之ファンクションマネージャは1000点だった。1000点の理由について原田氏は「『こうのとり』から担当しているが、未経験者を含む非常に限られたリソースの中、『こうのとり』以上に色々な機能を盛り込んだ宇宙機をISSにたどり着かせた。トラブルの手順書をすごく充実させて、これが起こったらどうなるかチームで議論しフローチャートにした。実際にトラブルが起こった際も『手順書のナンバー〇を見ればいいね』とすぐ対処する手際の良さがありました」と評価した。

HTV-X1号機キャプチャ成功の後で。左から中野、近藤フライトディレクタ、原田ファンクションマネージャ。終わったのは2時過ぎ。3日間ほぼ寝てないはず。お疲れ様でした&おめでとうございます!

H3からHTV-X1へ。成功のバトンリレーの裏には、たくさんの人たちの長時間にわたる努力の積み重ねと、熱い想いがあったことを改めて知った取材でした。「二刀流の宇宙船」のもう一つの刀、後半の実験も楽しみにしています!(HTV-X1の内部の様子も気になるところ。HTV-XのXで紹介されていました↓)

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