なぜ「宇宙のトイレ問題」はかくも難しいのか?
「たかがトイレ、されどトイレ」。ヒトは食べなければ生きていけない。そして、食べたら「出す」のが自然の摂理。さもなければ病気になってしまう。いかに出すのか、出したものをいかに処理するのかは、宇宙でヒトが生きていくための大問題。2026年4月頭に4人の宇宙飛行士が月を周回飛行したアルテミスIIのOrion宇宙船では、トイレ問題に悩まされた。
打ち上げ当日に故障ランプが点灯、ファンやポンプ周りに問題が発生し、急遽、尿を取集する簡易容器が使われることに。修理して使えるようになったと思ったら、次は尿を宇宙空間に排出する際に、凍った尿が配管に詰まって排出できない! など。半世紀ぶりの有人月周回飛行の裏で、宇宙飛行士たちはトイレ問題と格闘していたのだ。
宇宙のトイレ問題を論じるとき、私たちはどうしてもトイレそのものに注目しがちだ。だが、そもそも宇宙で「尿や便を出す」という行為そのものに、本質的な難しさがあることを忘れてはならない。
5月19日、都内で行われた油井亀美也宇宙飛行士ミッション報告会、「子どもの部」のQ&Aコーナーでのことだ。小学生男子から「トイレはどうするんですか?」という、きわめて素朴な質問が飛び出した。油井飛行士の答えが素晴らしかった。
「トイレは地上では重力があるからすごく助けられてるの。自分のおしっことかうんちは、重力があるから自分から離れていくでしょ。でも、無重力だとなかなか離れていかないんだよ。仕方がないので、空気の力で掃除機みたいに吸い取って、おしっこをチューブの中に送り込んだり、大(便)もタンクの中に溜めるのね。でもその吸い込む力って結構弱いから、実は大をしたあとでお尻を上げる時に、大が(お尻に)ついてないかなって確認しながらゆっくりお尻を上げないと、大がついてきてこの辺に浮かんでることがあります。 かなり衝撃的ですね」。
「そういうことがあってから、私は必ず大をする時はゴムの手袋をして、いつでも自分の大をつかんで捨てることができるようにしていました。地上とはだいぶ違うね。その話を聞いて宇宙に行きたくなくなっちゃう人がいるかもしれないんだけど、基本的にはしっかり綺麗に大も処分できますから大丈夫です。宇宙行ってみたい? 今の話聞いても」
油井飛行士が言う通り、この回答は衝撃的だ。しかも会場を埋め尽くす大勢の子供たちから注がれる「憧れの宇宙飛行士」像を自ら覆す可能性があると自覚しながら、ここまでストレートに話す油井さんは、すごい(少年は「宇宙に行きたい」と返事をしたようで一安心)。油井さんの話を聞くと、宇宙トイレの難しさは「無重力状態」との戦いにあることがわかる。
まずは、自分のカラダから排泄物をいかに出すか。次に、切り離された排泄物をいかに安全に処理するか。
トイレの難しさについて、日本人宇宙飛行士で最も詳しいのは大西卓哉宇宙飛行士だろう(2016年の初飛行でトイレの異常にたびたび対処、『トイレマスター』とも呼ばれている)。過去のDSPACE同級生「宇宙リア充?」対談(欄外リンク参照)で、大西飛行士は次のように語っている。
「(宇宙トイレの)椅子に座る動作がまず難しくて。座ろうとする同じ力で押し返されるので、いつまでたってもぽんぽんと跳ね返される。しっかり手すりを握って、足を引っかけて固定しないといけない。紙を使うときはどうしても手を放すから、片手で身体を固定しないといけない。おしっこをするには別のホースが必要・・・となると手が3本必要。そういう難しさです」。体を固定するベルトはあるが、たぶん使わない方がやりやすいと大西飛行士は話している。
まずトイレに座ること自体、つまり「出す」行為を始めること自体が難しいのだ。そのような複雑な? トイレの使い方に慣れるまでは、(出したブツが浮かんでくるかもしれない事態に備えて)着ているものを脱いでコトにあたることを、先輩やインストラクターから『強く勧められた』という、これまた驚きの事実についても率直に語ってくださった。
ちなみに尿も一筋縄ではいかない。宇宙船内では無重力状態のため、尿が溜まっているという感覚がなく、尿意を催しにくくなる。時間が経ってトイレに行くと、けっこう尿が溜まっているらしい。
ところで、宇宙開発初期にはそもそもトイレなどなかった。NASAでトイレが登場したのは、1973年の宇宙ステーション・スカイラブから。それ以前のアポロ計画では、回収袋が使われていた。悲惨だったのはアポロ8号。人類で初めて地球周回軌道を離れ、月の裏側を飛行した歴史的ミッションを成し遂げたのだが、船長のフランク・ボーマン飛行士が激しい下痢と嘔吐に見舞われ、吐しゃ物や排せつ物が船内に漂っていたとされる。そんな中で歴史的飛行を達成した精神力に感服だ。
では、ISSやOrion宇宙船のトイレはどんな形なのか。
上の写真の左側が2020年にISSに運ばれた最新型のトイレ。正式名称は「ユニバーサル廃棄物管理システム(UWMS)」。同じものがOrion宇宙船にも搭載された。右が従来から使われているトイレ。本体はロシア製で、ロシアモジュールのトイレと基本構造は同じ。
NASAの資料によるとUWMSは以前のトイレより65%小さく、40%軽量化されたという。上の写真を見てお気づきのとおり、トイレの穴はとても小さい。
その小さなトイレの穴の中心に、お尻(具体的には肛門)がぴったり密着するよう、地上でトイレトレーニングを重ねていく。そして空気の力で吸い込む! NASAの最新型トイレの解説では下記のように書かれている。
「重力のない宇宙空間では、宇宙トイレは空気の流れを利用して尿や便を体から吸い出し、適切な容器に排出します。UWMSの新機能は、便座の蓋を開けると自動的に空気の流れが始まることで、臭気対策にもなります」。
「乗組員は、排尿には特殊な形状の漏斗とホースを、排便には便座を使用します。漏斗と便座は同時に使用できるようになっており、これは女性宇宙飛行士からのフィードバックを反映したものです。UWMSの便座は小さくて尖っているため、見た目には不快に感じるかもしれませんが、微小重力下では理想的な形状です。体との密着性が高く、排泄物が適切な場所に排出されるようになっています」。
現在、ISSでは出された尿は水再生装置によって約90%が飲み水に再生・利用されている。だが、NASAの水再生装置は巨大かつ複雑でOrion宇宙船に搭載するのは非現実的だし、約10日間の宇宙飛行であれば飲料水は持ち込んだほうが手っ取り早い。そんな理由から、Orion宇宙船では尿は船外に排出される仕様となった(スペースシャトルもそうしていた)。
NASAの担当者は記者会見で、「液体を真空で扱うのは、かなり混とんとした環境。純水を真空に晒すのであれば、多くの理論があり研究が行われていますが、それが廃水(waste water)であれば、私たちがまだ理解していない複雑な現象がある。短期間のミッションで学ぶ良い機会になった」と言い、今回の知見をアルテミスIIIミッションに活かしていきたいと語った。
さらに複雑な水再生装置
ISSでは出した尿は水に再生する。大便はタンクに詰めていっぱいになったら交換。ISSにやってくる貨物船が帰還する時にタンクごと搭載、そのまま大気圏に突入させ燃やしてしまう。
いっぱいになったトイレのタンクを交換するのも、宇宙飛行士の仕事だ。宇宙飛行士は決して高度な科学実験や船外活動のような仕事だけでなく、生活のためにトイレのタンク交換までしなければならないのだ。油井亀美也宇宙飛行士が2015年にISSに滞在した際は、米ロの貨物船が相次いで打ち上げに失敗、替えのタンクの到着が遅れた。そこで宇宙飛行士たちは手袋をして便をギューギューに押し込んだり、棒で圧縮したりと涙ぐましい努力を続けたそうだ。トイレ問題って本当にストレスフルだ。もしかしたら仕事以上に‥。
ISSのトイレでたびたび警告灯が点灯する理由には、尿をリサイクルする水再生装置と繋がっていることも関係するだろう。飲料水を地上から運ぶのはコストがかかり、宇宙の滞在人数を増やすことは難しいため、ISSに水再生装置が運ばれたのが2009年。若田光一宇宙飛行士らが尿から作られた飲料水で「チアーズ!」と乾杯した。そのおかげでISSの滞在人数を3人から6人以上に増やすことができた。
ただし、NASAの水再生装置は冷蔵庫約2台分と大きく、尿から出るカルシウムなどが溜まってフィルターがつまり、定期的にフィルター交換しないといけないこと等の課題があった。そこで、日本は独自の小型で高性能な水再生装置を開発。2019年から2023年までISSで技術実証を行っている。
JAXA担当者によると、宇宙で不具合が起こったものの修理しながら処理を行うことができ、地上におろして性能を分析した結果、「基本的に狙った性能は出そう」という見込みを得ることができたそうだ。そもそも宇宙で液体を扱うのは難しいという。たとえば気泡が入ると浮力が働かないために、気泡をなかなか除去できない。気泡があったとしても影響しない装置を作るのが、一つの鍵になる。また尿には色々な成分が含まれており、結晶化して経路が詰まるのも課題だそうだ。
大西飛行士もトイレで頻繁に故障が起こる理由について「宇宙で液体を扱う難しさは感じたね。液体の挙動が地上と全然違うから」と同級生対談で語っている。
「宇宙でいかに安全に快適に暮らすか」について、トイレは最重要課題と言えるだろう。日本が世界に誇る温水洗浄便座がいつか宇宙で使える日が来るだろうか。そして尿を飲料水に再生できる小型でメンテナンスフリーの装置開発が日本で進めば、その技術はきっと地上でも活用できるだろう。
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