測位衛星みちびき7号機打ち上げ成功!「茫然自失」だった5号機喪失を乗り越えて
今回も難産だった。台風が複数接近という難しい天候判断が続く中、2026年8月11日午前4時23分、準天頂衛星みちびき7号機を搭載したH3ロケット9号機はリフトオフ!
2010年9月に打ち上げられた「みちびき」初号機の開発から「みちびき」を育て見守ってきたJAXA明神絵里花さんは、祈るような思いで種子島から見つめていた。「(2025年12月22日に打ち上げられた)5号機は、JAXAでライブ中継している最中に打ち上げ失敗を知り、茫然自失の状態でした。今回は実際に打ち上げを射場で見ることができて、真っ暗な夜空の中、ロケットが光輝いて打ち上がっていくのが大変美しかった。その後の衛星分離までヒヤヒヤしていたが、分離も軌道投入も成功し、衛星の状態も健全ということで非常に嬉しく思っている」と笑顔を見せた。
明神さんが5号機の打ち上げ失敗に呆然としたのには理由がある。JAXAは「みちびき」5、6、7号機で、私たちが使っているスマホでの測位精度を1mに上げるという目標を掲げた「高精度測位システム(ASNAV:アスナブ)」の実証中で、明神さんはASNAVのプロジェクトマネージャだ。5、6、7号機の3つの衛星の中で5号機は唯一、ASNAVの衛星間測距用(詳しくは後述)の送信機能をもつ。つまり要とも言える衛星だった。その衛星が失われてしまったことで「(ASNAVの)実証期間が遠のくと、かなりショックを受けました」と振り返る。
そもそも「みちびき」とは宇宙から正確な位置と時刻を教えてくれる測位衛星だ。測位衛星といえば米国のGPSが知られる。「みちびき」は現在5機が運用中で、2027年2~3月に7号機が運用可能になると6機体制になる。測位を行うには4つ以上の衛星から信号を受けなければならず、4機の「みちびき」衛星を常に日本上空に配置するには、最低7機が必要だ。7機体制が実現するまでは、「みちびき」と米国のGPSや欧州のガリレオなどの測位衛星を組み合わせることになる。位置や時刻という情報は、現代社会にとって欠かせない重要な社会インフラであることから、「みちびき」7機体制は日本の大きな目標だった。その7機体制を「みちびき」5号機、7号機で2026年には達成するはずだった。だが5号機を搭載したH3ロケット8号機の打ち上げは失敗、5号機は喪失されてしまう。
つまり「みちびき」5号機打ち上げ失敗によって、日本の衛星だけで測位ができる7機体制が遠のいたこと、そして特別な受信装置を使わずに自分のスマホで約1mという高精度測位の実現が遠のいたこと、という二つのショックを関係者にもたらした。
「みちびき」7機体制はいつ実現?
その意味で、今回の「みちびき」7号機は絶対に失敗できないというプレッシャーがH3ロケットの有田誠プロジェクトマネージャに重くのしかかった。「今回の打ち上げは、H3ロケット8号機で失敗した時と同じ『みちびき』衛星を載せていた。(『みちびき』は)社会インフラとして非常に重要な衛星。責任を感じ、打ち上げ前に初めて胃が痛い思いをした」(有田プロマネ)。H3ロケット失敗からの復活という意味では、2026年6月に大学の小型衛星などを搭載したH3ロケット6号機の打ち上げに成功しているが、今回は実用衛星打ち上げという重責を果たした。
では、悲願であった「みちびき」7機体制の実現はいつ頃になるのか。昨年末に発表された宇宙基本計画工程表によれば2031年度に3号機(2017年打ち上げ)の後継機と8号機の打ち上げが予定されている。2031年度に7機体制が実現する見込みだ。さらに内閣府準天頂衛星システム戦略室企画官 岸本統久さんは「5号機を失ってみてバックアップ機能を有する11機体制の必要性を痛烈に感じた」と言い、衛星にトラブルが起こった場合などにも7機体制を維持するため、11機体制を加速することの重要性を強調した。
上の図は、「みちびき」だけで測位を行ったときの精度を示した図。右端のバーで水色から青、紫になるほど精度が高くなる。7機体制(左の図)では日本列島は概ね高い精度が実現できるが、6機体制(真ん中)では北海道など北の地域でどうしても精度が劣る。そこで衛星を再配置することで、測位精度を上げることを計画中だ。
高精度測位システムの実現は?
まずは、「みちびき」だけで測位できるようにする。その上で期待するのが「高精度測位システム(ASNAV)」の実現だ。現在、「みちびき」と他国の衛星を組み合わせた測位精度は約5~10m。専用受信機を使えば、「みちびき」は6cmという高い精度を達成(CLAS)、農薬の自動散布など幅広い分野で活用されている。ただし、専用受信機は小さくなってはきたものの費用がかかる。一方、ASNAVは専用受信機を必要としない。ASNAVを「みちびき」7機に搭載すれば、私たちがふだん使っているスマートフォンで1mの測位精度を達成できるというスグレモノだ。
ASNAVには二つのシステムがある。「衛星間測距(ISR)システム」と「衛星/地上間測距(PRECT)システム」だ。どちらも衛星の位置と時刻をより正確に特定する。現在、「みちびき」の位置と軌道を特定するには、地上の監視局から信号を送って測距している。地上から高度22000~40000kmにある衛星を測距するため、どうしても数mの誤差が生じる。そこで「みちびき」衛星を宇宙においた監視局として衛星間で測距するのが「衛星間測距システム」。この方式だと誤差を数十cmにできる。「みちびき」5号機から信号を出し、6、7号機で受信することを計画していた。だが5号機が喪失したため、衛星間測距は送信機能をもった衛星を打ち上げるまで実施できないことになった。
ASNAVにはもう一つのシステムがある。それは衛星と地上間の測距システムだ(下の図)。これは時刻誤差を解決するための技術だ。測位衛星の位置を決めるには時刻を利用する。つまり衛星時刻の精度が悪いと衛星位置の誤差に繋がる。実際1ナノ秒(1秒の10億分の一秒)のずれが30cmの距離の誤差に繋がるという。そこで衛星から地上に送る信号だけで距離を測っていた従来の方式から、衛星と地上間の双方向で距離を測る方式に。逆方向で観測したデータを足すことによって、時刻誤差をキャンセルできるというものだ(詳しくは下の図を)。
ASNAVプロジェクトマネージャ 明神さんによれば、「みちびき6号機と7号機で衛星/地上間測距(PRECT)システムの技術実証を行うことで、測位衛星の精度指標となる軌道・時刻誤差が現状の2.6mから1m程度に改善されることが見えている」という。ただし、私たちのスマホで実感できる精度(ユーザー測位精度)は、測位衛星からの信号の精度だけでなく、見えている衛星(GPSなどを含む)の配置や機数などが影響してくる。ASNAVは2028年度まで技術実証を行い、2029年度から精度が向上した信号をユーザーに届けられる可能性があるそうだ。「みちびき」の精度向上がどのくらい実感できるのか、楽しみだ。
では本格的な「みちびき」単独による高精度測位システムの実現はいつ頃になるのか。内閣府の岸本さんによれば、「ASNAVを搭載した衛星が7機必要になるが、現状は6号機と7号機の2機だけ。2031年度、2032年度にはASNAVが搭載された合計4機の『みちびき』を打ち上げる予定にしている。それで合計6機。これからの調整になるが2033年度ぐらいにさらにASNAV搭載衛星を追加できれば、2034年度頃には高精度測位1mが実現できないか、これから関係者と検討していきたい」とのこと。少し先にはなるが期待して見守りたい。
2010年に思い描いていた「みちびき」の未来と現実
「みちびき」の衛星開発は2006年から始まった。JAXA明神さんは2007年から熱制御担当として開発に参加。2010年の初号機打ち上げ時、種子島でインタビューさせて頂いた際、「一人一人に恩恵をもたらす衛星」をみちびきの「売り」として語った。その目標に対する現在の評価を聞いた。
「今、『みちびき』が5機運用されている状況は、2010年の初号機打ち上げ当時には、想像できないぐらい進んだ世界。当時はまず3機で24時間、日本の真上をカバーしようというのを目標にしていました。その時からすると今はかなり利用も広がり、『みちびき』の信号が既にスマホやカーナビで実運用に使われていて、当時思い描いていた目標は既に達成したのかなと思っています。今回、ASNAVを担当させて頂いて、さらに『みちびき』の精度を高めていきます。衛星間測位は少し実証が先になりますが、衛星地上間測位は既に6号機で始めている。実証のあと、実運用に供されるまで確実に持っていきたい」。
3機で日本上空をカバーするという目標達成後も、高い目標を掲げ実現してきた明神さんら関係者の皆さん。スマホやカーナビでの経路検索はもはや日常で、測位衛星がなければ、私たちは知らない場所で安全に行動範囲を広げることはできなかったはずだ。その意味でも「みちびき」は既に私たち一人一人に多大な恩恵をもたらしてくれている。さらに大きな目標を達成し続けてほしい。そして大切な衛星を無事に軌道上に届けた、ロケット関係者にも敬意を表したい。
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