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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

超ユニークなSLIM探査機と2つのロボ、月着陸へ

JAXAの月着陸実証機SLIMのイメージ図。(提供:JAXA)

世界が月を目指す「月ラッシュ」がいよいよ始まろうとしている。NASAの新型ロケットSLSはORION(オライオン)宇宙船を搭載し、2022年5月以降に無人飛行を行うと見られる。SLSロケットには日本の超小型衛星OMOTENASHI(オモテナシ)とEQUULEUS(エクレウス)が搭載される。オモテナシは月面へのハードランディングを予定している。

月を目指すのは宇宙機関だけではない。2022年、日本のispaceはHAKUTO-Rミッション1で、ランダーを月に着陸させる計画だ。UAEドバイの月面ローバー、JAXAとタカラトミーなどが開発した変形型月面ロボット等を搭載して。また、米企業のAstrobotic社はNASAの商業月輸送サービスCLPS契約を得て今年、月着陸を目指す。荷物の半分はビジネスに使うことが許されており、一人の日本人技術者が開発した手のひらサイズのローバーYAOKIが搭載されることは昨年の記事で紹介した通りだ(欄外リンク参照)。

そしてJAXAも極めてユニークな着陸機で月着陸に挑む。その名は小型月着陸実証機SLIM。特徴は3つ。まず、『狙った場所にピンポイントで』降りること。これまでの月着陸精度は数km~数十kmの精度だったが、SLIMが狙う精度は100mと桁違いに高い。2つ目は降り方。アポロ月着陸船や現在着陸が計画されている他の着陸機と異なり、斜面にあえて倒れこむように着陸すること。こうすれば着陸後に転倒するリスクを避けられる。そして3つ目が二つのユニークなロボットを搭載すること。

SlIM探査機の外観。右の図で5つの着陸脚の配置がわかる。従来の着陸機のイメージと異なり長い着陸脚はなく、衛星全体を覆うパネルもないユニークな外観。(提供:JAXA記者説明会資料より)

「降りたい場所に降りる」ための画像航法とは

「SLIMの一番の目的は、ピンポイント着陸の技術実証です」。JAXA宇宙科学研究所SLIMプロジェクトマネージャ坂井真一郎さんは語る「日本の月周回衛星『かぐや』やNASAの月探査機LRO(ルナー・リコネサンス・オービター)が月面の大量の高分解能の観測データをもたらしている。それらのデータから、『あのクレーターの隣のあの岩石を探査したい』というように目標地点の近くに降りて(特定の)岩石を分析することが求められるようになる。また月極域での水資源探査の議論が活発化している。極域で探査を行うには、(日照時間が長い)狭い領域を狙って降りる技術が重要になる」とピンポイント着陸が今後、必須になる理由を説明した。

小惑星探査機「はやぶさ2」は1m以内の着陸精度を達成している。100m精度の着陸って、そんなに難しいの?と思うかもしれない。だが「はやぶさ2」が着陸した小惑星リュウグウはほとんど重力がない天体だった。月のように重力がある天体では、重力に引っ張られる。重力に抗うためSLIMはエンジンを逆噴射するが、推力を精密に制御しなければならない。うまくいかないからといって途中で引き返すこと(アボート)もできない。月のような重力天体でのピンポイント着陸は世界でも未だ例がない。以前、坂井プロマネはその難しさをこう表現した。「時速100~200kmの高速で走る車が、駐車場の狙った場所にぴたっと停めるような技術が必要」と。

着陸シーケンス。(提供:JAXA)

それに、月ではカーナビは使えない。ではSLIMはどうやってピンポイント着陸を実現するのかと言えば、「画像航法」と「自律的な航法誘導制御」がキーとなる。

画像航法は2段階で行われる。SLIMが飛行中に月表面を撮影する。その画像の中からまずはクレーターをSLIM搭載のコンピュータで抽出する。次に抽出したクレーターの配置のパターンと、探査機がもつクレーターの地図を比べて、「このクレーターのパターンが見えるのは月面上のここだ」と位置を特定する。その作業をSLIMは、1~2秒で行うというから驚きだ。宇宙の過酷な環境で使うコンピュータは地上用に比べて約100分の1の低い処理能力しかない。そこでSLIMでは専用の計算効率の高い画像処理アルゴリズムを開発。「長年にわたり宇宙科学研究所で研究、大学にも協力してもらい実現した」(坂井プロマネ)。こうして自分の位置を自分で知ることができる、賢い探査機ができあがった。

SLIMの画像航法。撮影した画像を処理し、クレーターを抽出、広い領域の地図からクレーターパターンが一致する場所を特定する。(提供:JAXA)

画像航法によってSLIMは今、自分が月面上空のどこを飛んでいるかを高精度に知り、着陸目標地点に接近する。最終的に月面の高度15kmから着陸レーダも使いながら降下をスタート。着陸地点のすぐ上空ではカメラからの画像を使い、障害物を検出して比較的安全な着陸場所を自分で探し出す。高度約3m付近でメインエンジンを切り、姿勢制御を行いつつ着陸。降下をスタートしてから着陸までは20~30分だ。

あえて斜面に倒れこむように

斜面への着陸もへっちゃら、二段階着陸。(提供:JAXA)

着陸地は月の表側の赤道から少し南、「神酒(みき)の海」にあるSHIOLIクレーター。ここに月の内部から出てきたであろう「かんらん石」があり、その成分をSLIMの分光カメラで調べることで、月の起源に関する重要な手掛かりが得られると科学者は考えている。問題は、探査したい場所が約15度の傾斜地だったこと。

アポロ月着陸船は関節をもつ4本脚を広げて着陸した。倒れないように着陸するには足をかなり広げる必要があり、そのための機構や構造でどうしても重量が増す。さらに今回、SLIMが狙う場所は斜面。より不安定になりやすい。

今後も、ピンポイントで着陸を狙うなら斜面に降りる技術が必要になるだろう。また、高頻度に探査をするためにはなるべく軽量な探査機にしたい。そこでSLIMがとったのは全く新しい発想の極めてユニークな方式だった。着陸脚は関節をもたず、衝撃吸収材を新たに開発、足の先端に取り付けた。金属が潰れることで着地時の衝撃を吸収する。そして着陸機を斜面に沿うように、あえて腹ばいにする「2段階着陸方式」をとる。

斜面に5本足で着陸するSLIM探査機、実験の様子。(提供:JAXA)

SLIMは5本の足をもつ。着陸直前に姿勢を前掲させ、まず1本の主脚が接地。その後、あえて斜面に沿って倒れこむようにして残りの足を接地させる。「小型の機体で着陸する場合には、真上から着陸するよりも着陸後の転倒の可能性を下げることができる」(坂井プロマネ)。転倒しないようにするために、あえて転れこむような姿勢を安全にとらせる「逆転の発想」と言えるだろう。

2つのロボットが分離、SLIMを撮影

SLIM着陸直前に2機のロボットが分離される。移動しながら撮影した画像はLEV-1経由で地球に送信される。(提供:JAXA/タカラトミー/ソニー/同志社大学)

ピンポイント着陸がSLIM探査機の最大の山場であり、その様子を是非見たい。そこで活躍するのが2機の小型ロボットだ。SLIMが着陸に向け自由落下中、高度1.8m付近からLEV-1、LEV-2の2機を分離、月面に落下させるのだ。2機のロボはそれぞれ2台の広角カメラをもち、SLIM探査機やその周辺の様子を撮影。LEV-1から直接、地球に送信する。LEV-1は着陸時に受けた加速度データを即時に送る。さらにジャンプしながら移動してSLIMが分光カメラで観測するエリアなどを撮影、良質な画像を自分で選び送信する計画だ。

一方、LEV-2はタカラトミーや同志社大学、ソニーグループが共同研究した変形型月面ロボットで愛称「SORA-Q」。サイズは変形前が直径80mmという小ささ!2輪で移動しながら前方と後方の2台のカメラでSLIM探査機を撮影。こちらも良質な画像を選び出し、LEV-1経由で地上に送信する。

実は「SORA-Q」とほぼ同じ変形型月面ロボットがispaceのHAKUTO-Rにも搭載され、2022年に月面に向けて打ち上げられる予定だ。こちらはJAXA有人宇宙技術部門が将来の月面有人ローバーのために月の砂レゴリスの挙動などを調べるのが目的。いずれにしても日本で玩具メーカーが開発したロボットが月面着陸するのは初めて。変形することも、2種類の走り方もユニークだ。「どちらが早く着陸するか着陸するにしても、(月着陸の)レッスンズラーンドは共有する予定」(LEV-2担当 JAXA宇宙探査イノベーションハブ坂下哲也さん)

「SORA-Q」の変形と走行の様子。変形後は幅123mm×高さ90mm×奥行135mm。走行はクロール走行とバタフライ走行の二種類がある。(提供:TOMY)

そのほか、SLIMには軽量にするための技術がふんだんに盛り込まれている。例えば衛星全体を覆うパネルがなく、燃料・酸化剤を入れるタンクが探査機の構造を兼ねていること。従来の探査機に比べて機器がむき出しになっているようなイメージだ。軽量にこだわるのは、今後、高頻度に月惑星探査を狙っていきたいからだ。

SLIM打上げはH-IIAロケットで2022年度に行われる予定。燃料の消費が少ない軌道をとるため、打ち上げ後3~4か月で月周回軌道に到着。その後約1か月かけて搭載機器のテストなどを行う。月に着陸するのは打ち上げ後4~6か月後。JAXAは2007年9月に月周回衛星「かぐや」を打ち上げて以来の月探査機。「脈々と続けられてきた成果がようやく形になって月に向かおうとしている。楽しみと責任を非常に感じている」(坂井プロマネ)。狙った場所に降りることができるのか、その様子は小さなロボットたちが画像で私たちに届けてれることだろう。その日が今から待ち遠しい。

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