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第4回 「働き方のDX」で越境する個人が激増する
〜レビューやスコアが万国共通のパスポートに〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - Vol.4 -
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

DXによって様変わりするのは、私たちの暮らしや移動だけではない。「働き方」も大きく変わる。それは、他ならぬ皆さん自身がコロナ禍で実感したはずだ。毎日会社に行かなくても働ける。社会人になったばかりの新人なら、ほとんど会社に行ったことがない、上司や同僚とリアルで会った回数は数えるほどしかないという人もいるだろう。

リアルでつながりにくくなった世界でも、私たちはネットでつながることができる。私がバリ島とシンガポールから日本企業をサポートできているのは、まさに「働き方のDX」のおかげだ。

2021年9月24日公開

会社依存からの脱出

ネットには遠くにあるものをつなげるだけでなく、細切れのものを束ねる働きもある。個人がもつスキルや時間を束ねてマッチングするクラウドソーシングがその典型で、英語の同時通訳ができる人は、福岡のカンファレンスの通訳をしたと思ったら、次の瞬間にはアゼルバイジャンの日本向けカンファレンスで通訳をするといった働き方が可能になる。

このように多様なものをつなぎながら仕事ができるようになると、会社に依存しないで生きていける。仕事が社内で完結していると、どうしても上司の評価、会社の評価に着目して自分の成長を考えるようになりがちだが、外部の目にさらされることで、社内でしか通用しない固有のノウハウではなく、ユニバーサルに通用するスキルと能力を身につけられる。

さらに、社外とつながると、自分でも気づいていなかった自分の価値を発見できるかもしれない。たとえば、自分はコツコツ真面目に仕事をするだけの人間だから、同じ職場のハイパフォーマーと比べて大した価値はないと思い込んでいた人が、海外で仕事をすれば、「こんなに丁寧に仕事をしてくれる人ははじめてだ」と評価される可能性もある。自分にとっては当たり前のことでも、他の人から見れば希少価値があり、それにお金を払ってくれる人が広い世の中にはいるかもしれない。ある特定のスキルや知識や能力をもった人と、それを必要とする人とのマッチングはネットの最も得意とするところであり、それこそが「働き方のDX」の本質なのだ。

リモートワークからリモート操作、さらに移動の自由へ

その動きを後押しするのが、高速大容量・低遅延・多数同時接続の5G(第5世代移動通信システム)であり、あらゆるモノがネットにつながるIoT(Internet of Things)であり、VR(仮想現実)である。これらを組み合わせれば、バーチャル環境を利用した遠隔操作が可能になる。

たとえば、0.1秒の遅れも許されないレアメタル鉱山の採掘では、5G環境さえあれば、東京のバーチャルマシンを操作するだけで、アフリカの鉱山にある実機がほぼ遅滞なく繊細な動きを再現してくれる。あるいは、各国の病院に遠隔操作の手術マシンがあれば、東京にいる名医がニューヨークで手術を終えたあと、次の瞬間にはリスボンで手術することも可能になる。そういう職人技をもつ達人は、世界中から引っ張りだこになるはずだ。

リモートワークの恩恵は専門職にしかないと思い込んでいる人が多いが、実は、単純労働の世界こそ、国境を越えて自由に行き来できるようになる。たとえば、自動車を安全に運転するというスキルがある人は、ライドシェアサービスでレビューやスコアをためておくだけで、労働ビザなどの問題がクリアになれば、そのレビューやスコアをもったまま国境を越え、別の国で働けるようになる。日本でフードデリバリーサービスで自転車を漕ぎまくっていた人は、どの国であっても、入国したその日から稼げるようになる。オーダーはアプリでするので言葉はいらないし、配達ルートはAIが指示してくれるため、現地の道路事情に詳しい必要もないからだ。

働き方が自由になると、住む場所が自由になる。住む場所が自由になれば、環境に縛られなくなるから、いくつかの拠点を行き来したり、ノマド(時間や場所にとらわれない働き方)のように移動しながら、非連続の成長を追求できる。その基盤がライドシェアサービスであり、フードデリバリーサービスであり、クラウドソーシングサービスなのだ。レビューやスコアをしっかりためれば、それが万国共通のパスポートになるポテンシャルがあるのだ。

自分の働き(貢献度)を可視化するレビューやスコア

個人の働き(貢献度)をスコア化するプラットフォームは、シェアリングエコノミーと相性がいい。クラウドで提供される専門SaaS(Software as a Service)がそのままクラウドソーシングのプラットフォームになるというのはよくあるパターンで、たとえば、会計ソフトの売上の多くが、今やソフトそのものの売上だけでなく、ソフトを起点とした税理士・会計士との相談サービスでの売上になっていたりする。会計ソフトのユーザーは専門家に税務相談をすることができ、専門家はその仕事ぶりに応じてスコアをため、よりユーザーに選ばれるようになる。こうして、専門SaaSはおしなべて労働DXプラットフォームになっていく。

専門家ではない、いわゆる普通の会社員には「働き方のDX」なんて関係ないと思っている方がいるかもしれないが、そんなことはない。サラリーマンとして会社から給料をもらっているのは、そこに何らかの価値があるからだ。事務作業が丁寧でミスが少ない、仕切りや段取りが上手、営業が得意、交渉力に秀でる、といった個別の能力が評価され、レビューやスコアがたまっていく仕組みさえあれば、活路は開ける。

週末や昼休みの空いた時間に友人のベンチャーの営業を買って出たり、社外勉強会を主宰したり、オープンイノベーションに貢献したりして、副業やプロボノ(専門技能を生かしたボランティア)で自分のスキルを切り売りすれば、社内評価とは別の、外部に開かれた「信用」がたまることになる。

会社をまたいだプラットフォームに登録することで、社内評価だけではなく、外部の評価を直に知ることができる。その結果、いったん就職したらその会社に従わざるを得ない、という従来の働き方からも自由になり始めている。さらに突き詰めれば、「働く」は国境さえ自由に越えられるようになる。グローバルなプラットフォームでためたレビューやスコアがパスポートになってくれるから、あらゆる選択肢の中から自分の成長を自由にデザインできるようになるのだ。

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。