三菱電機デジタルイノベーション株式会社
ITトピックス
2026年3月
企業におけるプロンプトエンジニアリングの展開・活用のポイントは
スキルの民主化と専門性を両立すること
布田 翼 氏
思考をAIに伝える技術として注目されている「プロンプトエンジニアリング」。業務の生産性向上に欠かせない一方で、全社的な展開・定着は容易ではありません。三菱電機グループでは、社内業務向け生成AIサービス「MELGIT-GAI」を2023年8月にリリースし、国内従業員約12万人が利用できる環境を整備しています。MELGIT-GAIの開発に携わり、現在も追加開発や運用を担当する三菱電機デジタルイノベーション株式会社の布田翼氏に、プロンプトエンジニアリングを全社的に浸透させるポイントを伺いました。
プロセス・オペレーション改革室
AI・クラウドソリューション部
AI業務改革プロジェクトグループ
兼 三菱電機株式会社
デジタルイノベーション事業本部
AXイノベーションセンター
AI活用推進プロジェクトグループ
プロンプトエンジニアリングの浸透は専門組織の活動がカギ
三菱電機グループでは、2024年2月に「AI戦略プロジェクト」を立ち上げ、専門部署であるAI戦略プロジェクトグループ(現、AXイノベーションセンター、以下、AXC)が、社内業務向け生成AIサービス「MELGIT-GAI」の基盤整備や、全社的な利活用の促進に取り組んでいます。社内に生成AIやプロンプトエンジニアリングを浸透させるためには、専門組織の活動がカギになると布田氏は語ります。
「一般的に情報システム部門やDX部門が生成AIの社内活用を推進する役割を担うことが多いかと思います。社内の風土改革の一環として、AI専門の部署を立ち上げる企業もあります。約12万人の従業員が生成AIを利用する三菱電機グループの場合、AXCだけで全社をカバーするのは限界があり、各事業所の協力が不可欠となります。私たちは月に数回、キャラバン形式で全国の事業所を回り、『MELGIT-GAI』の勉強会を開催しています」
業務プロセスに最適化されたプロンプト設計の実践知を共有
生成AI活用を社内に浸透させるためには、プロンプトエンジニアリングの核となるプロンプト設計を、業務プロセスに最適化することが重要です。担当部署には、ユーザーが業務の中で活発に利用できるよう、試行錯誤を重ねながら取り組む姿勢が求められます。様々な手段がある中、最も簡単かつ効率的なのが、プロンプトエンジニアリングの基本原則である「明確性」「具体性」「文脈」「試行錯誤」に沿ったテンプレートを作成し、社内に提供することです。
「プロンプト内で特定の役割を付与したり、タスクを明確化したり、出力フォーマットを固定したりといった基本テクニックをまとめたテンプレートを作成し、社内に公開することです。これにより、誰でも同じ手順で作業ができるようになり、回答品質の均質化や作業時間の短縮にもつながります」(布田氏)
プロンプトエンジニアリングは、ユーザーの基本知識や経験の有無に左右されやすく、言葉を使いこなすセンスも重要な要素となります。そのため、プロンプトに関する実践知を社内で共有する場を設けると、生成AI活用のモチベーション向上につながります。有効な方法の一つが、こうした実践知を生成AIのシステム自体に組み込み、誰でも容易に活用できるようにすることです。
「例えば、生成AIのアプリケーションを立ち上げた際に、画面上の分かりやすい位置からプロンプトテンプレートにアクセスできる導線を用意すれば、ユーザーは気軽にコピー&ペーストして活用できます。社内ユーザーが自作のプロンプトを登録・共有できる仕組みを設けることも有効です。“いいね”が付いたプロンプトを上位に表示する仕組みも活用促進につながると思います」(布田氏)
AIサービス開発者に不可欠なプロンプトエンジニアリング
2026年現在、専門知識を持たない一般ユーザーでも、高度なAI活用が可能になりつつあります。一方で、AIサービスの開発者にとっては、プロンプトエンジニアリングの重要性や専門性がむしろ高まっており、新しい技術を積極的に学び、専門性を高めていく必要があると、布田氏は指摘します。
「大規模言語モデル(LLM)の進化スピードが加速しており、次々と新しいモデルが登場しています。最近では、論理的な手法を活用して結論を導くリーズニング(reasoning)モデルが登場し、高い注目を集めています。開発者は、こうしたモデルに対応したプロンプトエンジニアリングを学ぶ必要があります。また、生成AIの機能を拡張する検索拡張生成(RAG)を活用する場合にも、中間生成物の作成や、最終出力の調整が必要となり、高い技術力が求められます。プロンプトを必要としない自律型AIエージェントにおいても、裏側ではプロンプトエンジニアリングが活用されています」
AIエンジニアが特に注意すべきポイントの一つが、誤った回答を生成してしまう「ハルシネーション」への対策です。
「社内ユーザーとして利用するのであれば、プロンプトに『分からない場合は分からないと言ってください』『情報のソースを明示してください』と付け加えるだけでも、一定の対策になります」(布田氏)
進化を続けるAI技術やLLMに対応するため、AXCのエンジニアも様々な情報に触れながらプロンプトエンジニアリングの技術を磨いています。
「AIへの関心が高まっている現在は、情報を入手しやすい環境にあります。多方面から最新情報を収集しながら、社内のシステム開発者を対象に、生成AIと対話をしながらアプリケーションを開発する“バイブコーディング”の講習を実施しています」(布田氏)
図2:三菱電機グループの社内向け生成AIサービス「MELGIT-GAI」
三菱電機グループの取り組みとプロンプトエンジニアリングの将来
AXCでは、組織と従業員の生産性向上を図り、付加価値の高い業務へのシフトや業務の高度化を目指しています。その一環として、「MELGIT-GAI」をはじめとする様々な生成AIツールの開発に取り組んでします。
「プロンプトエンジニアリングの領域では、ハルシネーションを回避するためにRAGを活用しています。さらに、外部情報の検索や社内情報の検索といった文脈情報を組み合わせ、それらを踏まえた回答ができるよう開発を進めています」(布田氏)
プロンプトエンジニアリングの将来について、布田氏は、一般のエンドユーザーにとっては、よりシンプルで使いやすいものへと進化する一方、AIサービスの開発者にとっては、システムを高度化させるために不可欠な技術として発展していくと予測します。
「ユーザーにとっては、プロンプトエンジニアリングがどれだけ進化しても、タスクを具体的に指示する、文脈を加える、出力フォーマットを指定するといった基本を意識する点は変わりません。一方で、AIエンジニアにとっては、LLMが進化し続ける限り、プロンプトエンジニアリングとも付き合い続けていくことになるでしょう」
プロフィール
布田 翼
(ふだ・つばさ)
三菱電機グループ向け生成AIサービス「MELGIT-GAI」開発プロジェクトリーダー。日本大学卒業。同大学院理工学研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。
2019年三菱電機(株)入社。2025年三菱電機デジタルイノベーション(株)出向。入社後、ソフトウエア標準化活動や包括ソフトウエア契約のとりまとめ業務に従事。2023年に社内向け生成AIアプリ開発プロジェクトにアサインされる。以降、プロジェクトリーダーとして同プロジェクトの推進を牽引。