和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る

#11 ― 国民食カレーライスの100年史篇

「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。

和食シリーズ企画第4弾「日本人の食卓 - 100年の歩みを辿る」。第11回目の今回は、みんな大好き“国民食”のカレーです。明治維新とともに日本にカレーがやってきてから約150年。和食というイメージはないかもしれませんが、「日本のカレーライス」は、長い年月をかけて独自の進化を遂げてきました。その歴史をひもときながら、カレーライスのこれまで、そしてこれからを考えます。

ご案内いただいたのは、
AIR SPICE代表
水野仁輔(みずの じんすけ)さん

1974年静岡県生まれ。カレー研究家。高校時代に巡り合ったカレー店を通じて熱烈なカレー愛を育み、1999年から「東京カリ~番長」として出張カレー活動などに勤しむ。現在はスパイスを通じて刺激的な体験を届ける「AIR SPICE」代表。実践家としての立場から、カレーライスやスパイスと向き合う。

カレーライスは不思議な食べ物です。内食には各家庭の味があり、外食でもその味わいは千差万別。なのに「みんな大好き」。それがカレーライスという食べ物の懐の深いところ。本場と言われるインドどころか、世界中どこの国にも日本のようなカレーはありません。

なぜ日本では、これほど独特のカレーライス文化が形成されたのでしょうか。カレー研究家の水野仁輔さんと一緒に探っていきましょう。今回は国民食のカレーライスを扱うということで前篇と後篇にわけて紹介します。前篇では日本でカレーライスが独自の進化を遂げた理由をひもとき、後篇ではカレーライスにはどんなごはんが合うのか、数種のお米とカレーの関係を探ります。

日本のカレーは歴史が生んだ奇跡

編集部
明治の初頭にカレーが日本に伝来してからおよそ150年。日本のカレーは世界的にも珍しい、独特の進化をしたと言われています。
水野さん
(以下 敬称略)
本当に独特ですよね。その理由としてまず大きいと考えられるのが、カレーの伝来経路だと思います。イギリスに植民地支配を受けていたインドのスパイス文化が、宗主国であるイギリスを経由して、ジャポニカ米を主食とする日本に伝わった。インド→イギリス→日本という順序で伝わり、最終地点が日本だったからこそカレーライスは独特の進化をし、カレールウという製品が生まれたと考えられます。
編集部
もしインドから直接、日本に伝来していたら、違うカレーライス文化になっていた可能性もあったわけですね。
水野
大いにあったと思います。まず、インドもイギリスも米は長粒米ですが、インドにおける米は日本と同じように主食です。一方、インドからカレーが伝わったイギリスの主食はパンやジャガイモです。米は主食ではありません。僕がアイルランドに行ったとき、メニューにチキンカレーがあったので、注文したら“chips or rice”と聞かれました。イギリスにおけるライスはフライドポテトと同じような位置づけなんですよね。

AIR SPICE代表 水野仁輔さん

編集部
日本のカレーの土台となったカレー粉が生まれたのもイギリスですよね。
水野
そうですね。イギリスのC&B社が開発したカレー粉が、19世紀の半ばに日本に持ち込まれました。ところが、日本の米はジャポニカ種と言われる短粒米。食べごたえも甘味も強いので、原型となったイギリス風のカレーではごはんに負けてしまう。明治の頃のレシピをいくつか作ってみましたが、どれもおいしくないんです。
編集部
当時の反応はどうだったんでしょう?
水野
明治時代初頭に初めてカレーを食べた日本人は、いままでにない味わいに「なんておいしいんだ!」と感激したかもしれませんが、さまざまなおいしさを知ってしまっている、現代日本人の舌には厳しい。当時のレシピを再現して、われわれが食べているカレーライスが、長年工夫を重ねた先人の上澄みだということを痛感しました。現代のカレーライスは、ジャポニカ米を土台とした日本の食文化に合うよう、シェフや各メーカーが努力と執念で積み上げた進化の結晶なんです。

カレールウという偉大なるエポックメーキング

編集部
積み上げてきた進化の過程でもっとも大きい変化は何だったのでしょうか。
水野
やはりカレールウの発明でしょう。日本におけるカレー発展の歴史の順を追うと、明治時代の初頭にC&Bのカレー粉がイギリスから日本に入ってきて、明治の終わり頃に国産のカレー粉が開発されました。そして第二次大戦後にカレールウが全国に広まるわけですが、やはりこれが日本のカレーに特別な進化をもたらしました。なにしろ、何の調味料もなしに、ルウを入れるだけで、家庭でおいしいカレーが作れるわけですから。
編集部
戦後から長くルウカレーの時代が続くなか、ルウ自体も進化し、さらに家庭ごとにさまざまな工夫も加えられるようになりました。

基本のスパイス

水野
隠し味にチョコレートやコーヒーを加えたり、別鍋でスープを取ったりとさまざまな工夫が各家庭でされていますよね。カレー粉全盛時代の名残りなのか、醤油やソースなどを加える家庭もある。カレールウはそれ自体が完成物で何も加えなくてもおいしいのに、家庭ごとに異なる隠し味を加えることで、日本の家庭のカレーライスは信じられないほどおいしくなってきたわけです。
編集部
少し前までは、さまざまなうまみを重ねた重層的な味わいのカレーこそがおいしいカレーだと信じられていました。一方で、最近はルウやカレー粉を使わず、スパイスを組み合わせて作る「スパイスカレー」も人気になってきています。
水野
カレールウで作るカレーとはまったく方向性が違う味わいですよね。ルウのように何十種類もスパイスを使うのではなく、数種類のスパイスですっきりと洗練されたおいしさを目指すカレーです。インドなど、もともとスパイスが生活の中にある地域の味わいに近い。ルウカレーに慣れていると物足りなく感じたりする人もいるようですが、外食で本格的なインド料理の経験値を積んだ人も増え、ずいぶんと受け入れられるようになってきました。
編集部
スパイスが鮮烈に香る、すっきりした味わいのスパイスカレーは、私たちの周りにもファンが増えてきています。ただ一方で、作るとなると何をどうしたらいいか迷ってしまうところもあります。

香りと味を交互に重ねる

水野
基本の数種類のスパイス――コリアンダー、クミン、パプリカ(もしくはレッドチリ)、ターメリックがあれば大丈夫です。あとはスパイスカレーを作るときのゴールデンルールを知れば、だいたいおいしくなりますよ。最後は好みに合わせればいいと思います。
編集部
ゴールデンルール! それは心強いです!
水野
スパイスカレーをおいしく作るコツは、香りと味を交互に重ねること。例えばざっくり次のような手順です。

<スパイスカレーづくりのゴールデンルール>

  • にんにく、しょうがなどの香味野菜を炒めて香りを出す。
  • トマトなどうまみの土台となる素材を加えて炒める。
  • カレーらしくなるスパイスを加えて炒めながら香りをプラスする。
  • 具と水分を加えて、味を重ねる。
  • 仕上げのハーブなどで香りを重ねる。
水野
工程を簡略化しすぎると、手順の意味がわからなくなることがありますが、香りと味を交互に重ねて行く。このルールを守っていれば、だいたいスパイスカレーはおいしくなります。
編集部
香り、味の土台を作ってその上に香りや味を役割に応じて乗せていく――。
水野
そうです。このルールに従って、今日は2種類のカレーを作ってみましょう。ひとつは簡単にできる王道のスパイスカレー。もうひとつは、王道のスパイスカレーではあるんですが、ほんの少しだけ仕上げにルウを足すんです。まだスパイスカレーに慣れていない人でも、これなら喜んで食べてもらえます。
編集部
ルウを足してもいいんですね。なんだか作れそうな気がしてきました!
水野
大丈夫です。さあ、では作ってみましょう!
多彩な加熱技でおいしさアップ、
三菱のびっくリングIH。

スパイスチキンカレー 2種

以下のレシピは、三菱IHクッキングヒーターを使用した作り方をご紹介しています。

本格スパイスカレー

初心者向けルウ入りスパイスカレー

【材料各2人分】

鶏もも肉 400g
香味野菜  
玉ねぎ 1個(250g)
にんにく、しょうが 各1かけ
パウダースパイス  
コリアンダー 大さじ1
クミン 小さじ1強
パプリカ(またはレッドチリ) 小さじ1
ターメリック 小さじ1/2
ガラムマサラ 小さじ1/4
トマトピューレ 大さじ3
プレーンヨーグルト 大さじ3
300ml
本格スパイスカレー用  
生クリーム(あれば) 大さじ3
パクチー
(あれば、1cm幅のざく切り)
1/2カップ(15g)
初心者向けルウ入り
スパイスカレー用
 
カレールウ(粗刻み) 1/2皿分
油、塩  

【作り方】

  1. 01
    下ごしらえをする鶏肉は一口大に切る。
    玉ねぎは縦薄切りにする。にんにくとしょうがはみじん切りにする。
    パウダースパイスを合わせる。
  2. 02
    香味野菜を炒める深めのフライパンに油大さじ3を入れて【予熱モード190℃】で熱し、にんにくとしょうがを加えて【火力4】で色づくまで炒める。
    玉ねぎと塩小さじ1/2を加え、混ぜ合わせて広げ、【火力6】にして焼き付けるつもりで炒める。ときどき混ぜては広げを繰り返し、玉ねぎの水分が抜けて薄く色づき始めたら【火力4~3】に弱め、全体がきつね色になるまで合計12~13分炒める。
    玉ねぎは茶色く色づいた「メイラード反応」が味の源になる。何十分もかけて飴色にまでしなくていいが、一定の色がつくまでは炒めたい。
  3. 03
    トマトピューレを加え、スパイスを炒めるトマトピューレを加え、水分が抜けて表面に油が浮いてくるまで【火力3】でよく炒める。
    パウダースパイスと塩小さじ1/2を加え混ぜ、油の照りが出てくるまで1~2分炒める。
    ヨーグルトを加え、よく混ぜる。
    トマトピューレはヘラで鍋底をこそいだときに道ができる程度までは水分を抜く。「このときできた道を『カレーロード』と呼んでいます(笑)」(水野)。スパイスは水分で煮るのではなく、油で炒めるイメージで。
  4. 04
    鶏肉を焼く鶏肉を加える。鶏肉の表面の色が変わったのを目安に返して両面を焼く。
    鶏肉は別鍋で皮目に焼き目をつければ、さらに深い味わいに。
  5. 05
    煮る分量の水を加えて【火力6】にし、煮立てる。
    【煮込みモード2~1】の液面が静かに揺れる程度の火加減で、蓋をせずにときどき混ぜながら20分ほど煮込む。
  6. 06
    本格スパイスカレーを仕上げるカレー半量に生クリームとパクチーを加え混ぜ、【火力3~2】で2~3分煮る。
    生クリームでコクを加え、パクチーで立ち上る香りを加える。
  7. 07
    初心者向けルウ入りスパイスカレーを仕上げる加熱を止めてからカレー半量にカレールウを加えてよく混ぜ、溶けたら【火力3~2】でとろみがつくまで煮る。
    「物足りない」という人向けにはルウが強い味方に。慣れればルウの量を減らしていく手も。

日本人の食卓を考える上で避けて通れない「国民食カレーライス」は、イギリス経由の伝来、ルウの発明や各家庭の創意工夫など、長い年月をかけて様々な偶然やアイデアが積み重なり、独特の文化として確立されました。
さて次回は後篇。この数年、日本のごはんに起きている新たな潮流と水野さんに作っていただいたスパイスカレーとの相性を徹底検証!そこから、カレーとライスの幸せな関係を考えます。

取材・文/松浦達也 撮影/魚本勝之
2019.11.01

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