三菱電機神戸製作所は、三菱電機発祥の地にあります。その歴史は古く99年前の創業時は船や工場で使うモーターや発電機を製作していました。現在の神戸製作所では与田さんがかかわる水環境分野だけでなく、鉄道・道路関連システムなど多岐にわたるインフラを開発し、国内外に提供しています。三菱電機の歴史を刻んできたこの地で育まれた水処理のインフラシステムとはどのようなものなのでしょうか。与田さんのお仕事を通じて、オゾンを活用した水処理システムや脱臭の仕組み、そして水処理システム全体で環境への負荷を減らす試みなどについてお聞きしました。
オゾンを使って、水をより安全に美味しくしたい
2019.07.30「設計→製造→品質管理→試運転」で導入される水処理システム
これまで20年以上にわたって水処理システムの提案や設計をなさっているとお聞きしましたが、現在開発している技術やシステムはどのようなもので、どれくらいの期間をかけて提案するのでしょうか。
与田さん:現在提案をしているのは、海外の水処理プラント向けの監視制御システムをはじめとした電気設備です。これまではだいたい、1年に2案件ぐらいに関わっていました。内容によっても異なりますが、1つのプロジェクトは設計、製造までが約1年、その後現地で据え付けて試運転などの確認をするまでで1年半ぐらいかかります。10年間ほどは、主に北米向けに水を浄化するオゾンシステムの設計にも関わっておりました。(これまでの仕事については第10回人物編を参照)
水処理システムの提案というのは具体的にはどのような業務があるのでしょうか。
与田さん:他の多くのセクションと同様に、水処理全体のシステムや製品に関する設計部門、製造部門、システムや製品をチェックする品質管理部門があります。それぞれの案件に対しての要望をふまえフルオーダーでシステムを作ります。
品質管理についてはどのようなことを行うのでしょうか。
与田さん:オゾン発生装置の場合、先ほどご案内した神戸製作所内にある試験棟で装置を実際に動かして検査を行っています。オゾン発生装置の検査では、タンクに入っていた液体酸素を気体にしてオゾン発生装置に入れ、電気をかけてオゾンがきちんと作られるか確認します。
これまでお仕事で苦労なさった点はどんなことでしょうか。
与田さん:海外のプロジェクトでは日本では使ったことのない部品が多く、仕様にマッチしたものを見つけ出して設計するのが大変でした。国内の部品であればだいたい仕様も決まっていてきちんと作動することも確認されているのですが。
環境に負荷をかけず水を安全でおいしくするオゾンの力
三菱電機が推進するオゾンを活用した水処理システムというのは国内ではどのようなところで使われていますか。海外ではどうでしょうか。具体的に教えてください。
与田さん:国内外を問わず、 浄水場、下水処理場、工場排水処理、水族館、プールなど幅広い分野で使用されています。特に浄水場は国内外共に一番多い案件です。下水処理場は国内では少ないですが海外が多いですね。工場排水は普通の生活では出てこない化学物質などの有害物質が含まれることもありますが、オゾンの酸化力は強く、化学物質などの有機物を酸化して分解します。
水族館にも使われているのですね、知りませんでした。
与田さん:はい、鳥羽水族館や京都水族館、そして八景島シーパラダイスでも使われています。鳥羽水族館ではアフリカマナティーの水槽に使われていますよ。
オゾンによる浄水システムが水族館ではどんな働きをするのでしょうか。
与田さん:大量のエサを食べるマナティーの水槽では、放っておけばすぐに水が濁ってしまいます。そこで、オゾンを使い、薬品を使わずに水の透明度を保てるようにしました。これにより、生きものの健康にも配慮しながら、観察しやすい環境を保つことが可能になりました。
このオゾンを使った水処理システムはいつ頃開発されたのでしょうか。
与田さん:日本で始まった技術ではなく、古くは19世紀末ヨーロッパで始まり1900年代初頭には欧州でオゾンを使用する浄水場が稼働しているようです。
どうしてオゾンで水がきれいになるのでしょうか。仕組みを教えてください。
与田さん:酸素原子である「O」が3つ集まったものがオゾン「O3」です。酸素分子「O2」に高圧の電気の力を加えると、酸素分子O2はいったん酸素原子Oに分解したあと、他の酸素分子「O2」と結合することでオゾン「O3」となります。オゾンは塩素に勝る強い酸化力を持っていますので、水中のさまざまな有機物を酸化分解し、脱色、脱臭、殺菌する働きがあります。
「オゾナイザ」を動画でご覧になれますいろいろな効果があるのですね。その中でもオゾンを使った水処理の特長はどのようなところにあるのでしょうか。
与田さん:特に有機物やカビ臭物質の除去に大きな効果があります。昔の水道水は独特のカビ臭さがあったかと思いますが、オゾンによる処理で分解して除去できるようになりました。
オゾンで美味しくなった都市部の水道水
確かに最近の水道水は美味しくなったと言われます。たとえば現在の東京の水道水は、世界でもトップレベルにおいしいと聞いたことがあります。
与田さん:最近の都市部の浄水場ではオゾンと活性炭を使った高度浄水処理が行われています。オゾンは水中の臭気物質を分解して除去しますので、水道水をより美味しくする効果があります。また、消毒や脱色・脱臭のための塩素追加が不要となり塩素の量も以前より少なくて済むので塩素臭さも減りました。塩素と違って有害なトリハロメタンや有機塩素化合物を生成する心配もありません。
なるほど、オゾンの力が貢献して東京の水道水を販売できるまでになったのですね。昨今の脱プラスチックの動きによって、海外などでは給水所を設けてペットボトルを減らそうという都市が増えています。日本でも東京五輪に向けて水道水の給水スポットを増やしてほしいという要望が環境団体などから出ています。
与田さん:そんな動きもあるのですね。東京都の利根川水系の浄水場ではすべてオゾンを使った高度浄水処理が行われています。東村山浄水場には当社のオゾン発生装置「オゾナイザ」が導入されています。大阪府の村野浄水場などもそうですので、安心して水を飲めると思います。
日本の水の安全性、おいしさを多くの人に感じてほしいですね。ところでオゾン発生装置そのものは環境への負荷があるのでしょうか。
与田さん:水に溶けたオゾンは水中の有機物の分解などにより酸素に戻りますし、有機物の分解に利用されずに残ったオゾンは触媒の中を通すと酸素に戻るので、排出されるのは酸素だけで安全です。もちろん大きな電圧をかけますので電気は使いますが、それらも少なくする努力を続けています。
オゾン発生装置「オゾナイザ」について、御社ならではの技術にはどんなものがありますか。
与田さん:オゾンは電極間に高圧電圧をかけて酸素を通し、電気エネルギーを与えることで生成されます。当社はこの放電空間の隙間を短くすることでオゾンの発生効率が向上することを発見しました。以前よりオゾンの発生効率がアップし、消費電力も少なくて済むようになったのです。隙間を短くするために細い放電管を採用したため、「オゾナイザ」そのものもコンパクトになりました。
オゾン発生装置もシステムによって導入する大きさなどが異なるのでしょうか。
与田さん:はい、大きな浄水場などでは放電管が1000本以上入っている場合もありますし、小さな施設では数十本のものもあります。
大きな電力を使う水のインフラシステム全体での電力削減を
水処理システムでも電力は必要だと思いますが、水処理システムでエネルギー効率を改善した例などがあれば教えてください。
与田さん:先ほどもお話したように「オゾナイザ」では酸素からオゾンになる量が数%から数10%に向上したので、同じ効果を出すための電力が少なくて済むようになりました。酸素に戻す際にも電気を使いますが、これも同様に少なくて済みます。また水処理の監視制御システムでは、水を各家庭やビルなどに配る時のポンプの稼働数を制御して電力消費を抑えたり、下水処理プロセスでも、最低限の電力で水質基準を満たすようにするなどエネルギー効率の改善を図っています。
工場や下水処理場などで使われているオゾンで脱臭する「オゾン脱臭装置」について教えてください。どんな装置でどんな特長があるのでしょうか。
与田さん:当社が開発したのは「乾式オゾン脱臭装置」と言ってオゾンと脱臭触媒を組み合せた新しい脱臭方式です。一般的に脱臭に使うオゾン酸化では数十分以上時間がかかりますし、また大きなスペースも必要です。この問題を解決するために瞬時に臭気物質をオゾン酸化させる脱臭触媒を開発しました。脱臭触媒は臭気物質のオゾン酸化を促進する働きを持っているので大変長寿命です。また、これまでの活性炭を使った仕組みに比べても長く使えます。
最後になりますが、三菱電機グループは「エコチェンジ」を環境ステートメントとして掲げていますが、神戸製作所で作られる水処理システムの分野では「エコチェンジ」にどのように貢献することができると思いますか。
与田さん:基本的には水に関連する社会インフラを作っていると考えています。ですから安全な水の利用と管理の仕組みを作る仕事そのものが環境への貢献と言えるかもしれません。また、上下水道インフラは家庭とは違って大きな電力を使っているので、これまでお話をしたような電力削減への取り組みは大きなCO2削減になります。監視制御だけでなく、運用する上でこういう風に運用したら電力が小さくできますよ、といったガイダンスが出るなどわかりやすい省エネシステムも考えています。
神戸製作所のあるエリアは、三菱重工、三菱電機が立ち並ぶ、日本の重工業を担ってきた三菱の歴史を感じる場所です。その地で水のインフラシステムという大きなお仕事に女性の技術者がどのように関わっているのか大変興味深くお話を聞かせていただきました。
また毎日使っている水道水がオゾンの力で美味しく、安全に浄水処理されていることや、オゾンの技術がさまざまな所で使われていることに驚きました。来年の東京五輪では海外からの多くの訪問客にも日本の水の美味しさを味わってほしい、そしてその裏側にはこのような技術の力があることを少しでも知っていただけたらと思います。