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vol.27
パワー半導体の仕事そのものが脱炭素社会への道筋に
三菱電機 パワーデバイス製作所(福岡) 開発部 松岡 実李
技術編

パワー半導体の仕事そのものが
脱炭素社会への道筋に

2022.03.18

シリコンアイランドとも呼ばれる九州は古くから半導体生産が盛んですが、半導体の生産工場を九州に初めて作ったのが三菱電機です。50年を超える歴史を持つ三菱電機の半導体事業は、家電製品から鉄道車両、電気自動車、産業用ロボットなど、あらゆる電気機器に広がり、脱炭素社会を実現するキーデバイスとして注目を集めています。松岡さんはその中でも大幅な省エネを実現する次世代型の半導体を使った製品を開発するエンジニア。いわばパイオニア的な研究開発をする中で、どのような思いで製品開発をし、それによってどのような未来を描いているのでしょうか、お聞きしました。

電気製品から鉄道、風力発電まで省エネの
キーデバイスとなるパワー半導体

松岡さんはパワーデバイス製作所では開発部に所属されていますが、ここでのお仕事内容について教えてください。

松岡さん:開発部の仕事内容はパワー半導体チップのデバイス構造開発や、それを製造するためのプロセス技術開発、またパワー半導体チップを用いたモジュール開発の3つに大きく分かれます。その中で私は次世代のパワー用途向け半導体材料であるSiC※1チップのデバイス構造開発をしています。

※1 SiC:シリコンカーバイド(炭化ケイ素)の略称で、シリコンと炭素の1対1の化合物のこと。

松岡さんの写真
ウエハ※2に刻まれたSiCパワー半導体のチップを手に話す松岡さん
ウエハ※2に刻まれたSiCパワー半導体のチップを手に話す松岡さん
※2 ウエハ:半導体の薄片でできている、集積回路をつくるための基板。ウエハの語源は、焼き菓子のウェハースから。

チップのデバイス構造開発というのは具体的に言うとどのようなことをするのでしょうか。

松岡さん:パワー半導体チップは電気を止めたり、大きさを変えたりする制御機能を持った電気機器です。制御することによって、モーターの駆動や、バッテリを充電するのに適した電気を作り出しています。デバイス構造開発は、各種のアプリケーションに対して、より高効率に電気を制御するための構造を、シミュレーションなどを用いて設計することが主な内容となります。

それぞれの製品に合わせた構造開発をするのですね。

松岡さん:はい、福岡のパワーデバイス製作所に製品設計の部署があり、お客様が望む製品に合わせてモジュールや全体像を決めていきます。その中でどのような特性をもつパワー半導体チップが必要なのかも見えてきます。そこで製品設計から「これだけの電流を流せるこれだけの耐圧のチップを作ってください」という要望がでますので、それに合わせて条件や寸法を変え、試作をしてデバイス構造を作っていきます。

基本的に「半導体」とはどのような働きをするデバイスなのでしょうか。

松岡さん:「半導体」とは、導体と絶縁体の性質を併せ持った物質で、その物質を使用した部品、デバイスを総称することもあります。「半導体」という言葉からもわかるように、特定の条件で電流が流れ、そうでない時は流れないという特性があります。半導体はこのような電流のオンオフの切り替えによって電気信号を制御することができる部品で、パソコンやスマートフォンなど、多くの電気機器に搭載されています。

「半導体」の中で松岡さんが開発する「パワー半導体」についても教えてください。

松岡さん:先ほどのパソコンやスマートフォンなどで電気信号を送る半導体はナノアンペアなど低い電流を扱いますが、パワー半導体は、比較的大きな電力や電圧を扱う時に使われます。鉄道や風力発電、太陽光発電などメガワット級に耐えられるものもあります。また、インバーターエアコンで使われているように、回路の中で電流を流したり流さなかったりのオンオフを切り替えるスイッチングによって、直流を交流、交流を直流に変えるなどの電力変換を行ったり、電圧や電流を大きくしたり小さくしたりなどの制御を行います。

私たちの暮らしに身近なところで、パワー半導体はどのように使われていますか。

松岡さん:パワー半導体は主にインバーターとして、家電や産業、インフラそして車や電車などあらゆる電気製品の電力の変換、制御を担っています。一番身近なところでは、エアコン、洗濯機などの家電や自動車でしょうか。

ポテンシャルの高い次世代素材SiCのパワー半導体チップを開発

さまざまなものに使われるパワー半導体ですが、松岡さんが手がけたことのある分野はどこでしょうか。

松岡さん:分野としては産業機器向けのデバイスを開発しています。実際作ったものとしては鉄道や大型の医療機器に使用される電源を制御するパワー半導体チップなどがあります。東海道新幹線の新型車両「N700S」には、当社が開発したSiCのチップが載ったモジュールが使用されています。

松岡さんの写真
SiC パワーモジュールの写真
SiCはシリコン(Si)に比べて絶縁破壊電界強度が約10倍高いことから、電気抵抗の主要因となるドリフト層が10分の1に薄くなることで抵抗値が大幅に低減され、電力損失を大きく減らすことが可能となる。

今おっしゃった、次世代の半導体材料と言われているSiC(炭化ケイ素)のパワー半導体チップというのはどのような特長があるのですか?

松岡さん:そもそも半導体を使ったデバイスでは、抵抗が小さく、消費電力が少ない方が省エネにつながります。現在主流の材料であるシリコン(Si)とSiCの違いは、SiCの方が抵抗を小さくできることがあげられます。例えば、鉄道や風力発電など大きな電力、電圧を扱う場合でも、SiCであればシリコンの10分の1のドリフト層(高電圧を保持する部分)の厚さで作ることができます。さらに、シリコンに比べてSiCの方がより高温でも動作できますので、冷却機構を小さくすることができます。

それは製品になった時にどのような効果を生むのでしょうか。

松岡さん:抵抗が小さくなることで省エネになります。また製品に搭載する冷却機構が小さくなるので、製品自体の小型化が可能になります。

なるほど、今まさに求められている性能ですね。先ほどPI棟のショールームでSiCを使った鉄道向けのパワー半導体モジュールを拝見しましたが、電力損失が75%低減と表記されていて驚きました。

松岡さん:パワー半導体チップの材料をシリコンからSiCに置き換えることで、電力損失を減らし、大きな省エネ効果を生み出すことができました。もちろん鉄道以外の製品もSiCパワー半導体に置き換えることで、省エネ効果​が得られます。現在SiCでも、シリコンで採用されている「トレンチ構造」※3のデバイス開発を進めており、SiCパワー半導体デバイスによる、さらなる省エネを可能にできると思っています。

※3 トレンチ構造:ウエハの表面から溝を掘って電極を埋め込む方法。セルをたくさん並べることができるので、同じチップ面積でも抵抗をより小さくすることができる。

鉄道車両・電力用 3300V ハイブリッド/フルSiCパワーモジュールの写真
鉄道車両・電力用 3300V ハイブリッド/フルSiCパワーモジュール

SiCは最近開発された材料なのですか。

松岡さん:半導体としては1950年代から研究されていました。しかし実用化されたのは2000年代に入ってからですので、製品としての歴史はまだ20年程度です。

シリコン(Si)に比べてフルSiCを使った場合、75%の省エネとなる
シリコン(Si)に比べてフルSiCを使った場合、75%の省エネとなる

ということはまだまだSiCは大きなポテンシャルを秘めた半導体ということですね。やはり、価格はシリコンに比べて高いのでしょうか。

松岡さん:はい、SiCはウエハだけでも、シリコンに比べて10倍以上の値段がします。ですがSiCパワー半導体を使う分野や製品も広がってきていますので、市場が大きくなることで価格もどんどん下がっていくと期待しています。

SiCを使ったパワー半導体の販売先は海外もありますか?

松岡さん:国内、海外両方あります。欧州は環境意識や省エネ意識も高いので、価格が高くても良いものを使いたいというニーズが高いようです。

欧州などは自動車も2035年までに新車販売をEV(電気自動車)に変えていくという目標を掲げ、自動車産業には大きな変革期が来ていますが、ここでもSiCのパワー半導体が大活躍しそうですね。

松岡さん:SiCパワー半導体を載せた自動車は抵抗が小さいので省エネになりますし、小型化されるので必要なスペースも小さく重さも軽くなって、さらに燃費が良く省エネになります。一般の消費者の方にもメリットが体感しやすい分野だと思います。

社内で開発から製造までできる強みを活かす

PI棟にあるフリースペースは社内のコミュニケーションにも便利
PI棟にあるフリースペースは社内のコミュニケーションにも便利

パワー半導体の製造は主に熊本の製作所で作られるとお聞きしました。

松岡さん:はい、熊本にシリコンとSiCの製造ラインがあり、そちらで作っています。実際に工場で製造プロセス技術を担当している方と議論を重ね、作りやすいデバイス構造や製造方法を開発しています。試作品の流動でトラブルが起きた際も、工場の製造部門の方と一緒に解決することで、問題を早く解決することが出来ています。その協力がなければ製品を完成させられません。ものづくりは、やはりコミュニケーションが大事と感じています。

昨今、半導体の製造を外部に託す受託生産が話題ですが、社内でそういったやりとりが直接できるのはいいですね。

松岡さん:自社の中で製造できることで、開発側と製造側の意思疎通や意見集約がしやすく、協力して物事を進めやすいというメリットがあります。とくに新材料のSiCはまだシリコンに比べて知見が少なく過去に事例のないトラブルが発生することもあるため、迅速かつ詳細に情報を集め、すぐに解決に動くことができるのは大きなメリットだと思います。

製品開発にはどれくらいの時間がかかるのでしょうか。

松岡さん:シミュレーションや試作によって、要求を満たすデバイス構造を決め込んでいきます。デバイス開発にかかる時間は数カ月~数年単位と幅広いです。

パワー半導体の普及により、便利な暮らしと脱炭素社会の実現を両立させたい

気候変動の影響が大きくなりつつある昨今、日本も2050年までにカーボンニュートラルを宣言していますが、それを実現するためにも2030年までが非常に重要な時期だと言われています。それに対してパワー半導体がどのような役割をもつと思われますか。

松岡さん:たとえば電気自動車でも単にガソリン車から置き換えるだけでは省エネにはなりません。ですから、ちゃんと省エネになる車を作って移行していくことが重要だと思います。もちろん家電などもそうですが、使う場面で大きく省エネになる、そして太陽光発電など再生可能エネルギーで電気を作る場面でも省エネになる。両方で大幅な省エネをもたらすのがパワー半導体です。電気を使う暮らしを一気にやめることはできないですから、暮らしは向上しつつ、使う電気を減らしていくことにしないと普及していかないのではと思います。

松岡さんの写真

そういう意味ではSiCでのパワー半導体の役割は大きいですね。

松岡さん:はい、使用電力を何十%も減らせるのは大きいと思います。

入社されて2年目ですが、半導体のお仕事は面白いですか。

松岡さん:大学では物理学を専攻していて、大学院から半導体を研究していました。その時は半導体の材料としてダイヤモンドを研究していましたが、実際に動作する半導体を扱いたかったことや新材料として期待され実際に実用化され始めたSiCに関わりたいと考えたことから、三菱電機に来ました。ですから、実際に電気を流して動作する製品を作ることができ、自分がやりたかったことを実現できてとても楽しいです。

気候変動に関するニュースが連日のようにありますが、環境のことで関心のあることはどのようなことでしょうか。

松岡さん:地球温暖化です。昨年(2021年)IPCC※4の第6次評価報告書が発表され、昨今の洪水や猛暑などの異常気象は、人間の活動による温暖化の影響を受けているとはっきりと認められました。パワー半導体はそれ自体の性能の向上が省エネに直結するため、今進めている仕事そのものが省エネ、脱炭素への道筋だと思っています。

※4 IPCC:気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)の略称。国連と世界気象機関により設立され、2500人以上の科学者の気候変動に関する研究成果をまとめて、気候変動問題の解決に必要な政策を示している。

確かにそうですね。お仕事以外で環境のことを考えて取り組んでいること、気を付けていることはありますか。

松岡さん:個人レベルでは、新しく電気製品を買う際は省エネ効果の高い最新のものを購入するようにしています。SiCも価格がネックになっていますが、値段が高くても価格に見合った高性能なものが広がっていってほしいと思っています。

三菱電機グループは持続可能な社会の実現に向け、事業を通じて取り組んでいますが、パワー半導体が実現するこれからの暮らしについて松岡さんのお考えをお聞かせください。

松岡さん:持続可能な社会のためには、地球温暖化をもたらすCO2の削減は緊急の課題です。しかし日本の目標であるCO2排出量50%減少のために、単純に電気製品の使用を控えるというのは現代に暮らしている私たちにとって大変難しいことだと思います。ですが、今の製品に搭載されているパワー半導体をより省エネ性能の高いものに置き換えることで、同じ製品でも電力消費量を大きく減少させることができます。ですのでパワー半導体の性能を向上させることによって、電気を使いつつCO2の削減を両立することが可能になると考えています。

松岡さんの写真 松岡さんの写真
人物編に登場していただいた龍頭美波さんと松岡実李さんは同期で、同じ寮に暮らしています。コロナ禍の中で何かと不安なことも多い入社時期でしたが、福岡育ちの龍頭さんが良い形でサポートしてくれたことが、松岡さんにはとても励みになったそうです。