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くらしのエコテクノロジー くらしのエコテクノロジー
vol.16
研究職からモノ作りへ ハイブリッド車の頭脳部を開発
三菱電機 姫路製作所 xEV製造部 パワーユニットシステム設計 植中 麻衣
人物編

研究職からモノ作りへ
ハイブリッド車の頭脳部を開発

2020.02.12

世界遺産に登録されている「姫路城」の城下町、姫路市にある三菱電機姫路製作所は1943年に航空機の電装品工場として設立され、その後モータリゼーションの発展とともに業務を拡張。そのエレクトロニクス技術を活用して、エンジン車から電気自動車まで自動車業界を支える製品を作り続けています。現在は、車の電動化が急がれる中でその技術力はさらに重要度を増し、カーメーカーの要求に応え三菱電機ならではの製品を提供しています。その中で植中さんはハイブリッド車など環境配慮型自動車の中枢部でもあるインバーターの開発を担当。ガソリン車から電動車へと激変する自動車業界でどのような想いで開発をし、環境についてどのように貢献しようと考えていらっしゃるのか、お話をお聞きしました。

白鷺城とも呼ばれる美しい白亜の姫路城は、春には約千本の桜に覆われる
白鷺城とも呼ばれる美しい白亜の姫路城は、春には約千本の桜に覆われる

ハイブリッド車など電動化車両を効率良く動かすインバーターを開発

植中さん

姫路製作所は自動車機器を製造しているとお聞きしましたが、どのような製品を開発、販売しているのでしょうか。全体の概要を教えてください。

植中さん:姫路製作所では、ハイブリッド車など電動化車両用のインバーターやモーター、車内電気機器への電気供給や充電を行う発電機「オルタネータ」や、エンジンを始動するモーター「スタータ」、ハンドル操作をアシストする「電動パワーステアリング用モーター」など、“車を動かす”ことに関わる車載用機器全般を開発、製造しています。

その中で植中さんはどのようなお仕事をなさっているのでしょうか。

植中さん:私が所属する「xEV製造部」は、ハイブリッド電気自動車(HEV)※1やプラグインハイブリッド車(PHEV)※2、電気自動車(EV)※3などの電動化車両に搭載するインバーター※4の開発や製造を行っていますが、その中でシステム設計を担当しています。

  • ※1 ハイブリッド電気自動車(HEV):エンジンとモーターを効率的に使い分けながら走行する車のこと。外部から直接電気の供給を受けずにガソリンの供給のみで走行する。モーターを動かすための電気はエンジンとブレーキ時の発電(回生ブレーキ)を使用し、バッテリーに蓄える。
  • ※2 プラグインハイブリッド車(PHEV):ハイブリッド電気自動車と電気自動車(EV)の長所を併せ持つ車。ハイブリッドと異なり外部電源から高容量リチウムイオンバッテリーへ充電ができ、基本的に充電が切れるまでは電気の力で走ることができる。
  • ※3 電気自動車(EV):電気をエネルギー源として電気モーターのみで走行するモデル。電気モーターで走行するため静粛性がある。
  • ※4 インバーター:電気を直流から交流に戻す装置(Inverter=逆にするもの)。同時に周波数や電圧を変えることができるため、モーターとの組み合わせできめ細かい回転数制御が可能となる。また回転数を制御することでモーターを壊さないための安全装置としての役割も担っており、現在のEVやHEVを支える主幹技術のひとつとなっている。
三菱電機姫路製作所で開発、製造する主な電動化製品
三菱電機姫路製作所で開発、製造する主な電動化製品

ガソリン車やディーゼル車から電動化車両に変化する中で、インバーターの役割も変わってきているのでしょうか。

植中さん:ガソリン車の中にも100以上ものモーターが使われています。中にはインバーターを使って制御しているモーターもあります。いろいろあるモーターの中でも電動化車両用モーターを制御するインバーターは「車を動かす」仕事を担っているので、乗り心地を左右したり、人の命を預かるという部分で車の中枢制御部だと言えます。

お仕事では、お客様であるカーメーカーともやりとりをして進めるのでしょうか。

植中さん:はい、カーメーカーの要求を聞いて、インバーターの仕様を決めていきます。大きさや重さ、性能、コストといった条件をクリアするために、ハードウェアだけでは実現できない部分をソフトウエア、つまり制御を上手く働かせることで実現しています。

「制御によって実現する」とは、たとえばどんなことですか?

植中さん:たとえば100kWの大きな出力のインバーターを作るとなった時に、常時100kWを出せる仕様にすると、非常に大きなサイズになってしまいます。でも車は始動する時、停車する時、高速で走る時など車の走行シチュエーションごとに必要な電力が違います。そこを、センサーなどを使ってうまく制御することで小型化を実現しています。

研究職から実際の製品設計へ

2017年まで先端技術総合研究所(以下:先端総研)では電力変換システム技術部に在籍なさっていたとお聞きしましたが、どのようなお仕事をしていたのでしょうか。

植中さん:先端総研は、三菱電機グループの幅広い事業分野のコア技術・最先端技術の研究開発を行っています。電力変換システム技術部ではインバーターの技術開発も行っていますが、対象となる分野は車だけでなくエアコン、FA(ファクトリー・オートメーション)、電力、鉄道など、さまざまです。私は先端総研に在籍した頃から姫路製作所の「xEV製造部」※5と連携して車の制御開発の仕事に携わっていました。

  • ※5 xEV:ハイブリッド電気自動車(HEV)からプラグインハイブリッド車(PHEV)、電気自動車(EV)まで電動化車両に関わるすべての車種を言う。
植中さん

その時の経験はどのように現職に役立っているのでしょうか。また今の部署でのお仕事につながる部分はどのようなところでしょうか。

植中さん:先ほどお話したように先端総研は当社で取り扱うさまざまなインバーターのコア技術を開発しており、その製品に関わる技術者と交流する機会がありました。そこで得た情報や人脈が今の電動化車両用インバーターの設計にも活かされていると思います。

現在の部署と以前の部署の違いをどう感じますか。

植中さん:先端総研は研究開発が目的のため、インバーター設計にも自由度がありました。一方、xEV製造部で扱っているインバーターはお客様(カーメーカー)への納品が決まっていることが多いので、形状、重量など要求の範囲内でどう構築していくかを考えたり、生産、つまり作りやすさを意識した設計も重要になります。そこは大変ですが、面白いところでもあります。研究所も楽しかったのですが、社会に出ていく製品を手掛けたいと思い、より製品設計に近い仕事ができる姫路製作所への異動を自ら希望して来ました。

電動化車両の燃費と航続距離に密接に関わるインバーター

ところで、「インバーター」という言葉をよく聞きますが、実際どういうものなのでしょうか。

植中さん:インバーターとは直流※6の電力を交流※7に変換したり、交流電力を制御してモーターなどの負荷機器の動きを制御する働きをします。身近なところでは、インバーターエアコンがありますが、温度を保つためにオンオフを繰り返す従来のエアコンに対して、インバーターはコンプレッサやモーターの回転数を適切に制御できるので、温度を一定に保つことが可能になります。その結果、省エネにも貢献しています。

  • ※6 直流(DC):電気の流れる向きや大きさが一定で電圧が変化しない電流。乾電池やACアダプターから流れる電気は直流。
  • ※7 交流(AC):電気の流れる向きが周期的に変化する電流で、変圧が容易。家庭用のコンセントから流れる電気は交流。
植中さん

他にはどんなところにインバーターが使われていますか。

植中さん:鉄道でも使われています。直流を交流に変換してモーターを駆動し、車両の走行を制御する役割を担っています。また、太陽光発電の分野では、太陽電池パネルで発電された直流電力を家庭などで使う交流電力へ変換する仕事をします。

自動車におけるインバーターの役割についても教えてください。

植中さん:姫路製作所で扱う電動化車両用インバーターの役割は、大きく分けてモーターによる駆動(走行、エンジン始動など)とモーターによる発電(エンジン発電、回生ブレーキ※8など)を制御することです。それぞれのシチュエーションでモーターを賢く制御して、車両内のエネルギーを効率よく使います。駆動・発電を1つのモーターで担うシステムや、駆動用モーター、発電用モーターと役割を分けて使うシステムなど、カーメーカーや車種ごとに仕様はさまざまです。

  • ※8 回生ブレーキ:モーターが発電機として回転する際の摩擦抵抗がブレーキとして作用すること。ブレーキをかけることで発電された電気はバッテリーに回収され、再利用することができる。

複雑な仕組みですね。

植中さん:そうですね。たとえば、坂を上る時にモーターは駆動役として使われ、電気エネルギーを機械エネルギーに変換しますが、坂を下る時は発電役として使われ機械エネルギーを電気エネルギーに変換して車載バッテリーに充電します。ただ、これもカーメーカーによって異なり、「エンジンを発電用、モーターを走行用」とそれぞれ役割を分けている場合もあります。駆動・発電を1つのモーターに統合したものは「モータージェネレーター」と呼ばれたりもします。

植中さんが設計するインバーターは燃費にも関わってくるのでしょうか。

植中さん:もちろん大きく関わっています。そもそもハイブリッド車やPHEVはモーターを搭載している分、電気エネルギーによって走行やエンジンの補助ができるので、使用するガソリンが少なくて済みます。エンジンは低回転域が苦手なところですが、そこをモーターとインバーターで代用することでエンジン効率を良くすることができます。また従来ブレーキを踏んだ際に熱として捨てていたエネルギーを回収して、走行時に使うこともできます。

電気自動車ではどうでしょうか。

植中さん:電気自動車(EV)の場合も同様です。EVの場合は化石燃料を直接使うわけではないので、燃費ではなく「電費」と表現されますが、インバーターを用いて賢くモーターを制御することで電費が改善すれば、1回の充電で走ることのできる「航続(こうぞく)距離※9」が長くなる、などのメリットがあります。つまり、電費と航続距離は相関関係になりますね。

  • ※9 航続距離:燃料満タン・満充電で走行できる最大距離

かなり専門的な製品を開発なさっていますが、大学時代から車関係の制御の研究などをしていたのですか。

植中さん:いえ、大学院時代は半導体の新しい材料を作る研究をしていました。三菱電機に入社して先端総研に配属後、最初に携わった仕事が車載部品の開発だったので、そこから自動車に関して勉強をし始めました。

車が家や電力とつながる未来がすぐそこに

植中さん

最近では台風で千葉県の一部がかなり長い期間停電したりと、電力にも影響を及ぼす自然災害が増えています。御社のスマートハウス「ENEDIA」のように家の太陽光発電で発電した電気をEVに充電したり、逆にEVの蓄電池を使って家の電気を補ったりと、電気をシームレスに効率的に使える仕組みについては今後も進むと思いますか。

植中さん:車の役割は多様化しているので、日本のように災害による停電の発生率が高い国では普及するかもしれません。たとえば日産のリーフだと総電力量が40kWhですから4人家族が2日間過ごせる電力量を持っています。今は走りに対する燃費を追及していますが、電力や家のところまでつながりを考えた仕組みは今後拡大していく可能性があるのではと思います。

その場合、車のシステムに求められることはどのようなことでしょうか。

植中さん:自動車目線では、まずは人が生活に必要な電気を蓄えるだけのバッテリーを搭載した電動化車両(EV相当)が普及することが重要です。そのためには、充電機器などのインフラ整備が必要だと思います。また、電動化車両全体に占める蓄電池のコストの割合はまだまだ高く、充電可能な電動化車両でも当面はプラグインハイブリッド車などバッテリー容量を抑えられるシステムが普及すると思われます。その場合、家庭で使う電力用の蓄電池として使うのは厳しいですね。

車を持つ家庭では、車からの二酸化炭素の排出も全体の2割を超えて影響が大きいですが、それを減らすために取り組める省エネのアイデアがあれば教えてください。

植中さん:まず、急発進、急加速、急ブレーキはなるべくしない方がいいかと思います。ハイブリッド車でも定速で走ると効率のよいエネルギーの使い方ができますが、急発進や急加速などをすると瞬時に足りないエネルギーをエンジンで補ったり、急ブレーキではエネルギーを回収できずに熱として捨てることになりかねません。最近では「エコドライブモード」がついている車もありますので、そういった機能を使うのも一案です。また、アイドリングストップ機能を搭載したエンジン車であれば、信号待ちでは、しっかりブレーキを踏んでアイドリングストップをすることも大事かと思います。

全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイトより
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイトより

車の電動化時代を先読みして、ユーザー志向の開発を

車に関わらず環境のことで興味や関心をもっていることがあれば教えてください。ご自身が環境のために取り組まれていることはありますか。

植中さん:2年前に姫路に引っ越してきて驚いたこととして「ごみの分別」が挙げられます。以前住んでいた尼崎と比べてゴミの分別の種類が多く、家でもごみ箱の数を増やして対応しています。また、ごみの回収日が月に2回と少ないので、ペットボトル入りの飲料や缶コーヒーなどを買わずにマイボトルを持って行くなど、出来るだけゴミを出さない工夫もしています。

持続可能な社会のために、私たちができることは何だと考えますか。お仕事でもご自身の生活でも今後取り組みたいことなどがあれば教えてください。

植中さん:入社してからこれまで、カーメーカーの要望に応えるためにものづくりをやってきました。電動化が急速に進み、市場拡大に追従していくのに必死だった時期のように感じます。私個人としては、2018年に第4世代のパワーユニット※10を製品化してさまざまな技術を確立でき、また当社のインバーターのラインナップも拡大したことで、ようやくカーメーカーのニーズにスピーディーに応えられるチーム(製造部)になったと思います。今回取材していただいたことで、私たちの手がける製品がどれだけ環境問題との関連性が高いかということも改めて感じました。今後の製品開発では環境を意識することや、エンドユーザーの視点になって考えることも重要だと感じています。

  • ※10 第4世代のパワーユニット:電動走行用と発電用の2つのモーターを駆動するインバーターとコンバータを統合した製品である4GL-IPU(技術編で詳しく紹介)。植中さんが開発に関わった製品のひとつ。

先端総研など多くの知見を集約している部署もありますし、そういった技術も活用できるのではと思います。

植中さん:そうですね、当社は総合電機メーカーでさまざまな事業分野の知見がありますし、先端総研では次世代製品やサービスの技術開発、将来の新事業のための研究開発に取り組んでいます。今後は研究所との協力体制をさらに密にし、自動車分野だけにとらわれず、充電システムなどインフラが整ってきた時に何が起こるのかなど、未来を先読みした開発を推進していくことが当社ならでの持続可能な未来への提案にもなるのではと思います。

姫路製作所では商売繁盛や安全を祈願して構内に「末廣稲荷神社」がある
姫路製作所では商売繁盛や安全を祈願して構内に「末廣稲荷神社」がある

ガソリン車から電動車へと大きく変革している自動車。その頭脳部を設計するという大きな課題を背負った植中さんの毎日は、さぞ充実しているのではと想像します。インタビューでもご自身の開発された製品の説明には熱が入り、切れのいいお話にはどれだけ熱意をもってお仕事をされているかが伝わってきました。一方で、未来を見据えた次世代の製品についても考えていきたいという想いには、先端技術総合研究所で培った研究者魂を感じました。充実した日々を支えているのは、やはりご主人や愛犬との時間のようです。インバーターとは違ってオンオフを明確にした暮らしがここでは役立っているようでした。