今年80周年を迎える三菱電機・伊丹製作所は兵庫県尼崎市にあり、交通事業の中核製作所として鉄道に搭載される機器やシステムの開発や製造を手がけています。昨今、三菱電機はAI(人工知能)やIoT技術などを活用したデジタル化によってエネルギーの効率化や保守の省力化にむけた新たな交通システムを鉄道会社に積極的に提案しています。鉄道新時代とも言えるデジタル化の中心となるシステムを設計する瓜田さんに、デジタル化によるソリューションや鉄道の未来についてお話をお聞きしました。
デジタルソリューションで
運行システムの最適化、省力化を図りたい
2020.10.08
列車の頭脳を司るITシステムとそれを巡らすネットワークとは
三菱電機は鉄道事業においてさまざまな車両電機品を手がけているとお聞きしました。(人物編参照)その中で瓜田さんのお仕事の内容について少し詳しくお聞きしたいと思います。まず瓜田さんはどのようなシステムの開発に携わっているのでしょうか。
瓜田さん:「地車間連携システム」という走行中の車両の状態を地上の指令所や車両基地でリアルタイムに遠隔監視するシステムの開発に入社当時から携わっています。
「地車間連携システム」ではどのような情報を地上と車上で共有するのでしょうか。
瓜田さん:車両に搭載されている「TCMS」と呼ばれる列車統合管理装置では、車両の走行位置や車内温度、乗車率、車両搭載機器の動作状況などを収集して記録しています。そのデータを高速の無線網を使って地上の指令室などにリアルタイムに伝送することで、列車の安定輸送と保守や指令業務の省力化に貢献しています。
「列車統合管理装置」とはどんなシステムですか。どのような情報を集め、どのように機能するのか教えてください。
瓜田さん:列車統合管理装置(TCMS)は、一言でいうと列車の頭脳を司るシステムです。神経に相当する車両内のネットワークによって車両に搭載された電機品に対して制御とモニタリングを行います。まず、運転士が操作するマスタコントローラの指令などを各車両のブレーキ装置や推進制御装置に伝送し、列車の走る、止まるを制御します。列車内の映像情報システム(トレインビジョン)や車両用空調機器などのサービス機器の制御も運転台の表示器からできます。
列車統合管理装置は列車を動かす中枢部分を担っているのですね。他にも機能はありますか。
瓜田さん:乗務員の支援や検査の効率化にも貢献します。たとえば、故障が起きた時は表示器へ故障内容を表示し、機器の操作状態を監視し記録する「メンテナンス支援」を行います。常に機器の動作状態を監視し記録する「モニタリング機能」もあります。さらに車両の保守点検時に、列車統合管理装置からの指令により車両機器が正常に機能しているかを確認する試験を実施し、表示や記録をする「車両検査機能」があります。
列車統合管理装置にはたくさんの機能があるのですね。ところでトレインビジョンというのはどういうものですか。
瓜田さん:トレインビジョンはみなさんが良く目にしている車内で見られる映像情報のことです。列車の種別、行先や次に停車する駅の情報、路線図、運行情報などの旅客案内情報や、広告やニュースなどを表示する動画などが含まれます。
表示される情報は運転室も車掌室も同じですか。
瓜田さん:運転席の表示器には列車の走行に必要な情報を表示します。車両のスピードや列車制御状態、機器状態などを、画面表示を切り替えて運転士が必要な情報を確認できるようになっています。地車間連携システムを導入した場合、指令所の司令員の方が見ている画面も運転席の前にあるものと同じものなので、故障した時も地上から的確に「ここがおかしいと思うよ」と乗務員を支援することができ、復旧までの時間を短縮します。一方で車掌室の運転台表示器にはお客様案内情報や空調の温度設定、空調の温度や乗車率がどれくらいかなど車掌に必要な情報を表示します。
こういったシステムはいつ頃から鉄道に導入されているのですか。
瓜田さん:列車統合管理装置は1990年頃から、トレインビジョンや地車間連携システムは2000年頃から鉄道事業者での採用が広がったと思います。車載コンピュータの性能向上や車両内高速伝送、地上車上間の高速無線通信の実現により提供できる機能も進化してきています。
地車間連携システムは、現在は遠隔監視機能が中心ですが、将来的には車両から取得したデータを人工知能(AI)技術などを活用して分析し、機器の故障予兆を検知することで故障削減や保守業務の省力化を実現できればと思います。
瓜田さんは「地車間連携システム」のどの部分を担当しているのですか。
瓜田さん:ほとんどすべてに関わっています。車上から地上に送るデータのシステム設計をしていて、鉄道会社からの要求に対して技術面でどうやったら実現できるか、その仕様を決めていくという役割です。
鉄道会社の要望というのはそれぞれ異なりますか。
瓜田さん:基本的には皆さん同じで、車上で何が起きているかわからないので、それをリアルタイムで表示したいというのが多いです。そのほか、車両基地や司令所でしか見られなかった情報を本社の方でも見たいというニーズや、今までは自分の線区内しか見られなかったけれど、他の線区で故障が発生しても把握したいといった要望もあります。
お仕事は年間通じて変化はありますか。一番忙しい時はいつですか。
瓜田さん:ダイヤ改正のタイミングが一番忙しいです。新しい駅ができたり、各駅、準急で止まる駅が変わった時などはシステムの設定を変えなくてはいけないので、その時期が毎年忙しいです。
データを分析して、走るエネルギーを最適化
瓜田さんは「列車統合管理装置(TCMS)」の輸出管理業務もなさっているとお聞きしました。この列車統合管理装置と地車間の連携システムによって省エネを実現する技術にはどのようなものがありますか。
瓜田さん:車の運転にエコモードがあるように、鉄道でも省エネ運転を支援しています。そのひとつが列車統合管理装置を活用した「省エネランカーブ支援機能」です。列車統合管理装置が収集した走行データを分析して、走行位置に応じてどう加速して、どうブレーキをかけていくのが一番効率がいいか、推奨する省エネ走行パターンや目標速度を表示します。また、稼働するモーターを車両ごとに制御して編成全体で走行時の消費電力を抑える方法などを開発しています。
モーターは車両ごとに制御ができるものなのですね。
瓜田さん:はい、モーターは一定の速さに到達するまでは全部動いていますが、余力のある時は必要な車両のモーターだけを動かして効率化を図り、全体の消費電力を落としていくことができます。また、省エネ運転に適切なダイヤを組むことも開発段階ですが考えています。
省エネ運転になるダイヤというのはどのような方法で作ることができるのでしょう。
瓜田さん:列車統合管理装置にある消費電力を記録したエネルギー記録データベースを活用してエネルギーを見える化し、エネルギー効率のいい走行ダイヤを作ろうとしています。
鉄道では車のハイブリッド車と同様に回生ブレーキ※1で作られた電気も使っているとお聞きしました。
瓜田さん:はい、ブレーキをかけた時に発生する回生ブレーキ力を列車統合管理装置が演算して最大限に無駄なく使えるようにしています。これによって一般的なブレーキ「空気ブレーキ」の使用を減らすことができ、空気ブレーキで使用する摩耗部品の使用回数を減らして部品交換周期を長くすることが出来ます。
※1 回生ブレーキ:電車がブレーキをかけた時にモーターを発電機として作用させ、発生した電力を架線に戻し、ほかの車両なども使えるようにするもの。
回生ブレーキが作った電気はその車両だけで使われるのですか。
瓜田さん:作られた電気は車両だけでなく、架線を通して近くを走る他の電車でも使われます。当社は鉄道で使われる回生ブレーキで作られたエネルギーを駅舎内でも有効活用する仕組みを開発しています。私は直接関わっていませんが、「駅舎補助電源装置(S-EIV)」といって回生エネルギーの余剰電力を駅舎内の照明や空調、エレベーターなどに供給する仕組みで、駅の電力使用量を大きく抑えることができます。
IoT技術を組み込んでメンテナンスを省力化
先ほども列車統合管理装置の情報を地上と車上をネットワークでつないでいろいろなことに活用しているとお聞きしましたが、保守点検ではどのようにこのシステムを活用しているのでしょうか。
瓜田さん:これまで車両に搭載されているシステムの設定ファイル変更や機器故障時の調査は、保守作業をする人が直接車両で行う作業が必要でしたので、運用中の車両の確保を含めて人手も時間もかかりました。これを「地車間連携システム」によって、地上から遠隔ですべての車両に対して一括でデータを送って設定ファイルを更新することが可能となりました。また、機器故障時も事前に遠隔で故障内容の把握や機器状態を確認できるようになり、調査作業の省力化につながっています。
台風や自然災害、事故、車両の故障などで列車が遅れたり、止まったりすることがありますが、そういった場合にもこのシステムが機能するのでしょうか。
瓜田さん:以前は電話で各駅に規制情報を連絡し、駅員さんが直接運転手に「強風だからここの間は何キロで走って下さい」などと伝えていたのですが、今は駅員さんが走り回らなくてもリアルタイムで一斉に指令所から各車両に対して、規制情報などを通知できます。
三菱電機は鉄道車両にAIやIoT技術※2を組み込む開発を進めているとお聞きしましたが、それらの技術を列車統合管理装置で活用している例はありますか。
瓜田さん:モーターやブレーキなど、鉄道車両に載っているいろいろな機器や装置は、定期的に交換が必要な部品があります。まずはIoT技術を用いて車両の各種電機品の状態を地上で見える化するところから取り組んでいます。次にこれと並行して、収集した機器の稼働時間や動作状態情報を分析しています。これによって今までは定期的に時期が来たら交換していた部品を「そろそろ交換時ですよ」というように最適な部品交換周期がわかるようになります。また、先ほどお話したように将来的には収集した情報を、AI技術などを活用して分析し、機器の故障予兆を検知することが実現できればと考えています。
※2 IoT技術:「モノのインターネット」」(IoT: Internet of Things)と呼ばれる技術。モノがインターネットにつながり情報のやり取りをすることで、モノのデータ化やそれに基づく自動化などが進展し、新たな付加価値を生み出す。
なるほど、そういった情報があればジャストタイミングの保守点検ができますね。
瓜田さん:そうですね、IoT技術を組み込んだ列車統合管理装置及び地車間連携システムはエネルギーだけでなく人手や労力の削減、資源の削減にもつながるシステムになると思います。少子高齢化が進む中、鉄道会社でも人手不足が深刻化していますので、メンテナンスや保守点検といった分野でも利用が進むと思います。
自動運転を見据えてシステムのさらなる進化を
今、新型コロナウイルスによる影響で、通勤や通学でもなるべく空いている車両に乗りたいという方も多いと思うのですが、そういった情報にも列車統合管理装置が活用されているのでしょうか。
瓜田さん:列車統合管理装置では、各車両の台車についている空気バネ※3の情報を使って乗車率を演算し、地車間連携システムを通して地上に送信しています。最近、一部の大手鉄道事業者では混雑率が分かるようなスマホアプリを提供されていますが、このデータを活用している場合もあります。
※3 空気バネ:空気の弾性を応用したばね。鉄道車両やバスの支持ばねとして広く使われている。
安全で環境負荷の低い鉄道は今後も成長が望まれる分野だと思いますが、鉄道に関してどんな未来がふさわしいと思われますか。個人的な予測で構いませんので教えてください。
瓜田さん:個人的には鉄道の自動運転が進んでいくのではないかと思います。最近は相次いで鉄道事業者が自動運転の走行試験の取り組みについて広報発表していますが、いかに安全に、効率のいい運転に制御できるかがポイントだと思います。
鉄道の自動運転での課題はどんなことですか。
瓜田さん:やはり突発的なトラブルに対する対応ですね。自動運転の場合には地上の指令所から遠隔では監視していますが、特に線路の前方監視や車内の緊急トラブルなど人がいないと対応が難しい部分をどう解決していくかが課題だと思います。
三菱電機グループは「エコチェンジ」を環境ステートメントとして掲げていますが、伊丹製作所では「エコチェンジ」にどのように貢献することができると思いますか。
瓜田さん:先ほどお話したように列車統合管理装置や地車間連携システムにIoT技術が組み込まれシステムがさらに進化することによって、省エネだけでなく省資源にも寄与すると思います。鉄道システムは何より安全性が第一ですので、メンテナンスや保守はとても重要です。これをいかに効率化できるかも重要な点だと思います。